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NHK大河ドラマ「八重の桜」の内容を褒めて落とすレビュー 視聴率ワースト4も福島で20%越え

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2013年も残すところあと10日余り。すっかり世間とNHKは来年の大河ドラマのことばかりの季節となりました。

今年の大河ドラマ『八重の桜』ですが、今回はドラマとしてではなくあくまで歴史ファンにとってはどのような作品であったかを振り返ってみたいと思います。

『八重の桜』は1980年(昭和55年)の『獅子の時代』以来30年以上を経て、会津戦争を舞台にした物語でした。明治時代を描いた大河ドラマとしても実に『飛ぶが如く』から20年以上経過しています。

視聴率が低いと批判される作品ですが、戦国、維新側から描いた幕末ものと比較するとどうしてもマイナーなテーマです。また前々年の『江 姫たちの戦国』、前年『平清盛』の独特なクオリティや低視聴率のあとであり、視聴率的にはあまり望めない状況であったかもしれません。

女性が主人公なのにスイーツ大河にならなかったことは評価したい

しかし、コアな歴史ファンからの評価はさほど低くはなかったと思われます。薩長が悪役である、坂本龍馬の出番がほとんどない等の賛否両論別れる部分は、会津が主役ということを考えれば無理もないところでしょう。

八重が京都で起こるの歴史に関与できないという重大な欠点もありましたが、ここで無理矢理八重がしゃしゃり出ず、あくまで江戸期の発言権が低い一女性にとどまった点は、むしろ高く評価された点ではないでしょうか。時代ものの魅力のひとつに、当時の価値観の中で葛藤に苦しむ人物像があると思います。八重は積極的で強い性格ながら、「おなごはならぬ」という当時の女性観に頭をおさえつけられ、それでもなんとか前に出ようと努力する女性です。

八重のみならず会津の女性たちも、名誉のためならば命も惜しまぬ強さを持ち、当時の価値観がよく出ていました。

女性が主役でありながら、夢見がちな甘ったるい雰囲気にどっぷり浸からなかったことは、このドラマの大きな長所であったと言えます。そこがふんわりとかわいらしい綾瀬はるかさんを楽しみたい層や、きらびやかな世界観を楽しみたかった層にとっては物足りなくもうつったのでしょうが。

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会津視点で描く幕末の歴史

敗者である会津視点の幕末という物語にも、意義がありました。薩長視点からでは単なる頑迷な邪魔者、新選組が主役でも狭量な堅物として描かれることの多い会津藩。

会津藩がなぜ京都守護職を引き受け、そのために破滅に至ったかを本作は丁寧に描き出しました。会津藩のキャストは演技も見事で、中でも松平容保を演じた綾野剛さんは肖像写真にそっくりな外見のみならず、まるで容保の魂が憑依したかのような迫真の演技を見せました。その他にもベテランから若手まで、実力派の俳優が会津藩士を見事に演じきりました。

本作は幕末合戦シーンで、今後の資料としても使用できそうな映像がかなり撮影されたことも特徴でしょう。

近年の大河ドラマはCG技術がかなりアップしています。そのためか画質に不満を持つ視聴者もいますが、そうは言っても記憶の中でならばともかく、古い大河ドラマを見たらばセットや特殊効果が古くさくリアリティが薄く見えてしまうこともあるのではないでしょうか。

前述の通り『獅子の時代』から30年以上が経過しています。現代の最新技術で会津戦争を描き直すことには十分な意義があります。砲弾に耐える鶴ヶ城を上から映すカットなど、CGならではの絵も多く見られました。

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1か月間の若松城籠城戦を1か月かけて放送する気合と質

本作は幕末の戦闘シーンが豊富にあることもみどころです。一ヶ月間の会津籠城戦を、実際に一ヶ月かけて放送した決断は認めるべき点でしょう(たとえば2009年の『天地人』では直江兼続最大の見せ場である長谷堂合戦にほとんど時間を割きませんでした)。

戦闘描写もリアリティを重視しており、西郷頼母妻子や白虎隊自刃シーンは直視できないほどの迫力がありました。登場人物が誰も「いくさはいやでございます!」というような紋切り型の台詞を言うことがないのに、視聴者に戦争はもうこりごりだと思わせるたのですから、戦争を描く手腕に関しては十分及第点です。

展開がわかりにくい、八重が強引にからんでくるといった欠点はありますが、本作にはそれを上回る歴史の迫真がありました。軽々とスペンサー銃をあやつる筋力を身につけた綾瀬はるかさんのプロ魂もあってか、八重の活躍ぶりも見事でした。

 

このように視聴率では苦戦したかもしれませんが、会津戦争終結までの『八重の桜』は、主役の八重の影が薄いといった欠点は抱えつつも、クオリティそのものは全体的に高い作品といえました。本作の問題は、明治編以降です。

がらっと変わった明治編はどうだったか?ここから辛口注意

明治編以降は脚本家交替もあってか、同じドラマとは思えないほど作風が変化しました。八重の境遇とともにドラマそのものが変化するのは、むしろありえることです。幕末と比較すると平穏な明治時代は盛り上がりに欠けることも予測はできました。

毎年大河ドラマは秋以降、ベテランキャストが退場し若手中心となり、クオリティが下がる現象も起こりやすいものです。しかし、ここまで作品の質が下がるというのは、問題ではないでしょうか。

一話完結のストーリー展開ってどうなの

まず出演者の演技があきらかにレベルが下がりました。これについては出演者の演技力よりも、演出の問題であるように思われます。どういうわけか、明治以降は一話で問題を解決する展開ばかりになりました。これでは八重と徳富蘇峰の対立など描けるわけもなく、蘇峰はただの幼稚な青年にしか見えませんでした。こうした傾向は、会津時代から続投している人物が登場すると一層際立ち、水と油のような不調和をうみだしていました。

脚本も、前半からの丁寧な積み重ねを台無しにするような粗雑なものとなりました。特に八重の人物像はまったく別物となってしまったのです。当初の番組紹介では「武器を銃から知識に持ちかえるヒロイン」とされていた八重ですが、明治編初期はともかく知識を武器にするような性質ではなくなっていました。

川崎尚之助の理想の妻は(オダギリ)ジョーによってスイーツ界へ陥落

ただニコニコとべたぼれの夫の後ろでうなずくだけの、良妻賢母型の従順な女性となりました。

かつて最初の夫である川崎尚之助が「夫の前を歩く女性こそ、我が妻」と評した八重とはまるで別人です。明治以降クローズアップされた山川捨松の扱いにしてもひどいもので、史実をそのままなぞったほうがよほどドラマチックな展開となったはずです。こんな中途半端で雑なエピソードを、いかにも女性向けの見所であるかのように喧伝した制作者には、失望を感じざるをえません。

そもそも、前半であれだけ会津への思い入れをたっぷりと見せ、また本作を復興大河とするのであれば、明治以降たくましくたちあがる会津人の姿をじっくりと描くべきだったのでは、と思えてなりません。それをさして盛り上がらない学生との対立、捏造したうえにつまらない八重の嘘、山本家の恋愛や不倫事情に長々と貴重な尺を割くのですから、根本的な部分がおかしいのではないかと嘆きたくもなります。

史実の八重は晩年も会津戦争を誇っていたのに土下座…

低調な展開が続く明治編の中でも決定的な失敗は、第39回「私たちの子ども」において、八重が戦闘で殺害した薩摩藩士の娘に土下座をする場面でした。武士の気風がまだ強く残る時代において、だまし討ちならばともかく戦死した父の仇をねちねちと言いつのる薩摩藩士の娘・リツの行動も、それに対して土下座というありえない謝罪をする八重も、まったく時代にそぐわない奇妙なものでした。

そもそもスペンサー銃の射程距離、会津藩に八重以外の女性狙撃手がいたことからも、なぜリツの父が八重によって殺されたかを特定出来たのかも謎で、根本から設定が破綻した話です。

大河ドラマはフィクションですから史実からの逸脱もありえるとは思いますが、実際には襄を困惑させるほど徹底して薩長出身者を嫌い抜いた八重に、真逆の行動をさせるというのも違和感を覚えます。史実の八重も最終的には薩摩出身者と和解しているのですから、一話完結ではなく話数をかけて描けばドラマとしておもしろかったかもしれないだけに、残念な描き方です。

そうしたディテールのおかしさ以上に、国を守るために果敢に戦った八重に土下座をさせるというのは、前半で丁寧に描いてきた会津の大義を否定する乱暴なシナリオでした。

前週で山川浩が西郷隆盛に対し、会津の恭順をなぜ無視したか問いかけただけに、より破綻が鮮明でした。何度も恭順を申し入れたのに新政府軍から拒否された経緯、徹底的に蹂躙された若松城下の惨状、そうした中で敢えて戦わざるをえなかった八重たちが、なぜ攻めて来た側に謝らねばならないのでしょうか?

まじめに見ていた視聴者に強いる「会津と薩摩が同じ痛み」って

戦争を避ける選択肢を握っていたのは、新政府側なのです。NHKの公式サイトでは「同じ痛みを持つ者として…」と説明されていますが、薩摩と会津の痛みは同じはずがないことは、このドラマをまじめに見ていればいるほど痛感できるのではないでしょうか。

過去の大河ドラマでは、防衛どころか侵攻で大勢の人を殺す主人公がいくらでも出てきました。

彼らは死者に対して謝ったでしょうか?

なぜ八重は謝らなければならなかったのでしょうか?

殺人を悪とする現代的な価値観からなのか、それとも八重が女性でありながら人を殺めたからでしょうか?

しかし戦場で人を殺め後年「戦は楽しかった」と述懐するような果敢な女性を主人公とし、なおかつ彼女が鋭いまなざしで銃を構えるポーズをメインイメージとし、戦う生き様を強調していたのは他ならぬ制作者側です。慈愛に満ちた女性を描きたいのであれば、同郷の瓜生岩子でも主人公にすべきではなかったのではないでしょうか。

出演者の熱演、前半の脚本、CGや特殊効果、印象的な音楽など、『八重の桜』には傑作とまではゆかずとも佳作となるに足る要素は揃っていました。八重の知名度の低さが否定的にとらえられることも多いとはいえ、資料豊富で波乱万丈の生涯を送った八重は、十分にドラマとして成立する女性です。

実戦で指揮官を狙撃負傷させ、明治以降は著名人の妻であり、教育者や従軍看護婦として活躍し日本女性初の受勲者となり、それまで男性の趣味であった茶道で活躍したのです。

ならばなぜ『八重の桜』が明治編で駄作になりさがったのでしょうか? それは突然現代的な、しかも安直で優等生的な価値観を持ち出し、八重を殺人者としての過去を悔いる心優しい女性に無理矢理おしこめてしまったからに他なりません。

ちなみにここで「安直」としたのは、現代人であれど軍人や警察官が任務の最中に人を殺したのであれば、謝罪なぞ不要とするのが社会通念であるからです。前半と同様に、当時の人間が当時の価値観で生きる様を描き出せばよかったものを、視聴率稼ぎのためか一部の批判をおそれてか、盛り上がりに欠け心に何も残らないホームドラマにしてしまいました。

見ていない人の意見に流されていないか?視聴率という数字に流されていないか?

本作の反省点をあげていくと、大河ドラマが直面する根本的な問題点が見えてくるのではないでしょうか。NHKは当時の価値観に沿ったものが作れないのであれば、骨太であとに残る歴史ドラマを作ることなぞあきらめるべきだと言わざるをえません。もし優れた歴史ドラマを作りたいのであれば、戦争シーンや当時の価値観が残虐なので見たくないといった、そもそも歴史ドラマ鑑賞に向いていない視聴者の意見や、視聴率が低いだけでろくに中身も見ずに叩く雑誌やインターネットの記事は無視してもよいのではないかと思います。

歴史ドラマは登場人物が多く、当時の価値観ゆえに現代人にとっては時に過酷で、鑑賞する側にとっても負担が大きいものです。ただでさえインターネットやゲームの普及によって、長時間かつ重厚なドラマは避けられる傾向があると言われています。アメリカでは複雑なあらすじのドラマは、録画でじっくり見る層が増えたため、単純な視聴率ではなく録画率、ソフトの売り上げまで含めて作品評価をするようになったそうです。こうした事情をふまえると、大河ドラマは今後ますます視聴率が低下する傾向にあるでしょう。視聴率だけを気にするドラマ作りではますます先細りするばかりです。今年はもうあきらめるとして、これからのNHKは一年かけて歴史人物の一生を描くのはどういうことかをもうよく一度考えて、じっくりと骨太の大河ドラマを作って欲しいと切に願うのです。

匿名ライターZ(東北人)・記

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