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千利休の人生とは? 雑誌『歴史街道』をもとにまとめてみました

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「お・も・て・な・し」が昨年の流行語大賞に選ばれましたが、昔から日本人と「おもてなし精神」は切っても切り離せない関係だと言えるでしょう。
特に今回フィーチャーするこのお方、千利休はおもてなし精神溢れる茶の湯を確立させたことで有名です。千利休とはどんな人物だったのか?なぜ悲劇的な最期を迎えることになったのか?
若干古いですが、PHP出版の月刊誌「歴史街道」(平成25年12月号)の特集から利休の人生をまとめてみました。お茶でうがいをしながら読んでいただければ一石二鳥です。

堺の商人の子として生まれるが名前は「田中」だった

大永2年、堺の商人・田中与兵衛の子として生まれた利休。幼名を与四郎といいました。

田中家に生まれたのにどうして「千利休」なの?「田中利休」じゃないの?と思われてしまいそうですが、利休の祖父が足利将軍家に近侍する同朋(雑務や諸芸能をつかさどった僧体の者)で千阿弥といい、父の死後に家を相続して千姓と改めたのです。利休の生家は魚問屋だったといわれています。

当時茶の湯はすでに最高級文化としての地位を得ていました。
小規模な商人の家に生まれた利休が、どのようにして茶の湯を学んだのかは不明です。
ただ、師である武野紹鷗(たけのじょうおう)から一目置かれていた、などといった伝説は多数残っていることから、若い頃からその類まれなる才能を遺憾なく発揮していたことは間違いないでしょう。

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織田信長の茶頭に実力オンリーで取り立てられる

堺で着々と名を高めたと思われる利休は、50歳を過ぎてから織田信長の茶頭に取り立てられます。
この時茶頭に取り立てられたのは3人。利休以外の2人は今井宗久(いまいそうきゅう)と津田宗及(つだそうぎゅう)という堺の大商人。

ちなみに今井宗久は武野紹鷗の娘婿です。
この2人に関しては、茶の湯の実力だけでなく経済力という面で選ばれたと考えられます。

これに対して利休は、純粋に茶の湯の才能のみで茶頭の地位を勝ち取ったと言えるでしょう。茶頭になったからといって慢心するような利休ではありません。常に新しいスタイルを追求する、バイタリティに溢れた人物だったのです。実際、現存している利休の茶の湯のほとんどが、60歳を超えてからの10年間に創造されたものなのです。

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豊臣秀吉からの切腹命令は謎のまま

利休と豊臣秀吉は、信長時代から親密な間柄でした。秀吉が茶の湯に興味を示していたことも信頼関係を築く要因の1つではありましたが、他者を惹きつける魅力が利休自身にあったと思われることも、大きな要因だと推測できます。

福島正則をして、「自分はこれまでどんな強敵にも怯むことはなかったが、利休を前にすると、どうも臆したように覚えた」と言わしめるほどだったとの逸話が残っているほどですから、一筋縄ではいかない手強い人物だったことが容易に想像できます。
権力者からの信頼を得つつ、かといって信頼を得るために権力者に対して媚びへつらうというようなことは決してしない、そのスタンスが多くの武将を虜にしたことでしょう。しかし天正19(1591)年、利休は秀吉から切腹を命じられます。
信頼関係で結ばれていたはずの2人でしたが、徐々に意見が合わなくなり、悲劇的な結末を迎えることになってしまいました。

なぜ秀吉は利休を切腹させたのでしょうか?
朝鮮出兵に反対したこと、権力闘争に巻き込まれたこと、娘を秀吉の妾にすることを拒否したことなど様々な理由が考えられますが、真相は謎のベールに包まれています。現在も専門家によっていろいろな意見が出されていますが、権力者に屈しない利休の毅然とした態度が秀吉の癇に障ったのかもしれませんね。

現在も受け継がれる利休の茶の湯

利休は最初の妻との間に、長男である眠翁道安(みんおうどうあん)をもうけます。彼は堺を拠点に名茶人として活躍したようですが、詳細な人生は分かっておらず、62歳で死去しました。ここで堺千家は途絶えます。

利休の後妻・宗恩(そうおん)には連れ子がおり、利休は小庵宗淳(しょうあんそうじゅん)と名乗らせて自分の養子としました。
宗淳と彼の息子・宗旦(そうたん)は利休の茶の湯を受け継いでいきます。

そして宗旦の3男・江岑宗左(こうしんそうさ)が現在の表千家を興し、4男・仙叟宗室(せんそうそうしつ)が現在の裏千家、次男の一翁宗守(いちおうそうしゅ)が現在の武者小路千家を興しました。
こうして利休が作り上げた茶の湯は、現在も脈々と受け継がれているのです。千利休をざっくり知るのにとてもいい特集でした。ネットではまだバックナンバーが買えるので興味があったら手にとってください。

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