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五稜郭(日本100名城No.2)箱館戦争の生々しい描写と共に~画像19枚

更新日:

 

【五稜郭の基本データ】

名称:五稜郭(日本百名城2番)
別名:亀田御役所土塁、箱館御役所、柳野城
成立:1866年
城主:江戸幕府
合戦:箱館戦争
名物:イカと夜景
一言:お城ファンならずとも惚れ惚れするような縄張りフォルムは、全国的に有名ですね。函館のイカは、他地域の道産子からも絶賛されるほどレベルの高い味ですので併せて楽しんじゃいましょう!※道産子いわく、身の切り方から違うらしいです……(゚A゚;)ゴクリ

ナビゲーター:石垣 鉄男&櫓 優子&お城野郎!

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押し寄せる敵を四方八方から狙い撃ちできるシステム

石垣 鉄男(以下、鉄男)「ついに来たな……」
櫓 優子(以下、優子)「まだ始まって2回目なのに、随分と神妙な面持ちね」
鉄男「いやいや五稜郭だよ、ヤバイっしょ!」

優子「見た目はすごいインパクトよね。新しい感じがするというか……」
鉄男「日本初のヨーロッパ式城郭だからね 」
優子「何がヨーロッパなのかしら? まさか★型だから、とか言わないわよね」
鉄男「……い、いや、その通りでして」
優子「えっ! ごめん、当てちゃって。バラエティ番組だったら完全に怒られてるパターンだわ」
鉄男「中央に★型の縄張りがあって、さらに堀を越えて、外側に三角形の浮島みたいのが飛び出てるでしょ?」
優子「うん。なんだか手裏剣にトゲがついてるみたいね。何かに突き刺さりそうな感じ」
鉄男「★型の中だけでなく、この出っ張った部分にも銃や大砲を構えてあらゆる角度から敵を狙いうちにして、城へ寄せ付けない――という造りになってるんだ」

優子「言われて見れば、色んなところから敵を狙えそうな構造だわ。こんな細い橋を人が渡ろうとしたら、全員撃たれちゃいそう。まぁ、趙雲が待っていても、通れないわよね」
鉄男「いや、三国志は関係なくて……中世のイタリアで始まった建築様式なんだよ。ヨーロッパでは各国で作られて、もしもそのころ商標権があったら、フランス、ドイツ、イギリス、アウト~♪って感じだな」
優子「年末のガキ使じゃないんだから」
鉄男「まぁ、冗談ではなく堀の周囲が全て"虎口”みたいなもんだよね ※虎口についての解説は、お城野郎さんの記事(虎口)でご確認ください」

箱館の開港に合わせて作られる

優子「場所は函館なのよね?」
鉄男「当時の表記は箱館だね。昨日の記事で取り上げ得た根室半島チャシ跡群と同じだけど、地図を見てみよっか」

優子「そうそう。昨日、この地図を初めて見たとき疑問だったんだけど、なんで松前城のスグそばに新しい城を作ったの? 箱館、要らなくない?」
鉄男「そこで問題! 幕末における、日本と外国の関係と言えば?」
優子「えーと、ちょっとした戦争(戦闘)とか、各国とのナンチャラ条約とか?」
鉄男「YES! 開港したのはどの港?」
優子「あーーーー、そっか! 箱館港を開いたから、その防備が必要だったのね」
鉄男「YES! 松前城は海岸近くに建っていて、いざというとき黒船の大砲から守るのに心もとないという事情もあったんだよ。スグに破壊される危険性があった。それで箱館に新たなお城が築かれた、と」
優子「後に榎本武揚さんも立てこもって、明治政府も困ったぐらいだから、一応、城としての機能は果たしていたのね」
鉄男「城と同時に役所でもあったんだよ。今は、お城中央にあった箱館奉行所が復元されている」

優子「復元ってことは箱館戦争で焼かれたのかしら?」
鉄男「いや、明治維新後に解体されて、資材が他の建物に転用されたようだよ」
優子「五稜郭内にも大きな大砲があったのだから、攻める方も辛かったでしょうね……」

箱館真景絵図にポツリと描かれた五稜郭

鉄男「大砲と言えば、面白い絵があるんだ」

箱館真景絵図/函館市中央図書館蔵(以下、同)

優子「ナニコレ? 函館の湾内かしら?」
鉄男「そうそう。新政府軍の船が湾内に入り込んできてんだよね」
優子「五稜郭、完全に取り囲まれてるじゃない。黒船、怖いわ~」
鉄男「それがさー。左下をよーく見て。なんだかお城っぽいのが見つかるかい?」

優子「あれっ?」
鉄男「上下逆さまでわかりづらいのでひっくり返すと……」

優子「こっちが五稜郭だったんかーい!とツッコミたくなるわね」
鉄男「そうそう。新政府軍の船が湾内に入り込んできたんだ」

無残な姿が痛々しい徳川方の軍艦・回天丸

優子「戦いはどうだったの? こんな堅そうな城、攻める方も辛いわよね」
鉄男「それが意外でさ。政府軍はアッサリと上陸に成功して、五稜郭を囲むと、バンバンと大砲を撃ちまくったもんだからさ。城側も、約1週間で陥落しちゃってる」
優子「榎本さーん><;」
鉄男「イケメンだと肩持つね~。ちなみにそのイメージが以下の絵なんだ」

麦叢録附図/函館市中央図書館蔵

優子「なんというか……お城側の小山にいる兵士たちが可愛いわね……モブ感がすごいけどw」
鉄男「城の防御だけでなく、幕府は海戦でも散々だったみたい。それが……」

麦叢録附図/函館市中央図書館蔵

優子「うわぁ~。爆発の様子が生々しく描かれているわね~」
鉄男「実際に船が木っ端微塵に爆破されている様子ってあまり見たこと無いよね? 船の周囲、波のクセがすごい!」
優子「それはあくまで表現でしょ。千鳥じゃないんだから……」
鉄男「だいぶ五稜郭の写真から離れて来ちゃったけど、興味深い写真があって、もう一枚!」

徳川方軍艦回天丸ノ残骸/函館市中央図書館所蔵

優子「なんだか街の写真館に飾ってあるような一枚ね」
鉄男「実際に写真館から寄贈された一枚なんだけど、これがね、よく見るとね……この箱館戦争でぶっ壊されて、焼かれた船なんだよ」
優子「どういうこと?」
鉄男「拡大してみよう!」

優子「あら……チョット怖い……。船体の横でクルクル回る水車みたいな部分だけが残ってるわね」
鉄男「ガイコツ感がパネェでしょ? どうやら徳川方の軍艦だった"回天丸”の残骸みたい」
優子「さっきの波のクセがすごい絵が、まんざら誇張でないことがわかる。貴重な一枚ね」
鉄男「歴史の教科書とかにも載せていいかもしれない」
優子「そうかもしれないけど、日本百名城から結構離れちゃったわよw」
鉄男「戻そう! まずは当時の様子を再現した模型から」

優子「こうして見るとキレイね」
鉄男「芝が整っていて、河川敷のゴルフ場みたいでしょ」
優子「怒られるわよ」
鉄男「んじゃ、これで!」

優子「すてきね~」

たまには別のアングルから“絶対領域”をご堪能

鉄男「でもさ、何か気づかない?」
優子「えっ、何?」
鉄男「五稜郭の写真って、いつも、このアングルじゃない?」
優子「そういえば……どうしてこんなことに?」
鉄男「あまり知られてないけど、すぐそばに五稜郭タワーがあって、そこからの撮影なんだよね」


優子「なるほど~。同じようなカットになるのも無理ないわね」
鉄男「そこで、だ! 注目したいのが絶対領域なんだよ~」
優子「はっ?」
鉄男「いや、だから、絶対領域だよ」
優子「それってストッキングとミニスカ履いた女の子の太モモのことでしょ」
鉄男「城をさ、人に見立ててみなよ」
優子「意味がわからないわ」
鉄男「たとえば天守閣が上半身だとしたら、石垣がスカートで堀が太ももぐらいじゃない?」
優子「あなた、バカじゃないの?w」
鉄男「うん、バカなんです(*´ω´*)ともかく五稜郭の石垣も見たい!つーことで出てきたのがこの写真」

優子「うーーーーーーーん、想像より低っ!」
鉄男「そうなんだよ(´・ω・`) やっぱり星型の外国製城郭はさ。日本の戦国時代のように石垣を高くして登れなくする、という趣旨じゃないみたいだね。あるいは予算の関係かなぁ」
優子「平面構造の機能美にこそ、機能が宿っていたのね」
鉄男「ちょっと何言ってるかわからないので、懲りずに、もう一丁!」

優子「なんか……寂しいわ……」
鉄男「堀の水が凍ってるのがポイントかな」
優子「スケートするワケじゃないんだから」
鉄男「でも、これを見ると、また風情があるんだよ~」

優子「明治時代の写真ね。でも、ごめんなさい、ほんとゴメンナサイだけど、造成地に溜まった雨水に見えちゃうわ><;」
鉄男「(´・ω・`)」
優子「あっ、勉強にはなったわ、うん!」

美しき幾何学模様の縄張り

鉄男「フッフッフ」
優子「なに、どうしちゃったのよ。絶対領域が不発だったんで、壊れちゃったの?」
鉄男「とっておきの一枚があるんだ」
優子「もったいぶらないで早く見せなさいよ」
鉄男「渾身の一枚とは、これじゃああ!」

優子「なるほど。完全な空撮ってのも確かに意外ね! 左上のほうには、撮影ポイントの五稜郭タワーもちゃんと写ってるわ。ただ……」
鉄男「わかる、わかるぞ~。サプライズとしては物足りない、と言うんだろ?」
優子「わかってるじゃない。だったら、なんでこんなに引っ張ったのよ」
鉄男「本物の隠し玉はこれだからさ、坊や( ・ิω・ิ)」

函館市中央図書館所蔵

優子「うわっ! たしかにキョーレツな一枚だわ。まさかここで絵に戻るとは思わなかった」
鉄男「むはははは、そうじゃろ、そうじゃろ。五稜郭の縄張りじゃ!」
優子「これを江戸時代というか幕末に描き上げたなんて素晴らしいわよね」
鉄男「当時の日本人がいかにスペック高いかわかる。たださ。突き出した三角形の部分が、この縄張り図では5つあるでしょ?」
優子「言われてみればそうね」
鉄男「んで、実際の写真がこれ」

優子「一つしかないわ。どうしてなの?
鉄男「予算が足りなかったみたい(´・ω・`)」
優子「うぅ……悲しいわ、幕府……」
鉄男「まぁ、それでも当時のテクノロジーが高かったことには変わりないわけで」
優子「そうね。たぶん現代とはツール事情が違うだけで、それこそ織田信長とか南方熊楠などの天才たちが蘇ったりしたら、すごい活躍しちゃうんでしょうね」
鉄男「そうじゃきー! 南方センセーにも、医術の腕をふるってもらいたいぜよー
優子「彼は、そもそも現代の人でしょ! 下手くそな土佐弁話してると地元の人に怒られるわよ」

五稜郭だけでなく四稜郭も忘れることなかれ

鉄男「では、ラストにもう一丁のサプライズを……」

優子「急に、どうしたの?フツーの原っぱじゃないの?」
鉄男「ノンノン♪ これね、四稜郭(しりょうかく)の跡なんだな」
優子「えっ? フザけてるの? なんで角が一つ減っちゃうのよ?」
鉄男「実は箱館に築かれたのは五稜郭だけじゃないですYO!」

優子「あっ、ほんとだ……」
鉄男「五稜郭の支城として作られたってことなんだけど……援軍が機能してないと支城もくそもないと思うんだよなぁ」
優子「確かに、築城した目的がいまいち不明ね。北から楊端和(ようたんわ)と山の民がやってくるとかなら別だけど……」
鉄男「キングダムの城も、取り上げてみたいねー! って、そうじゃない。四稜郭は、突貫工事で作ったとのことでさ。五稜郭にこもろうとしてたラストサムライたちの、意地というか、切なさというか、何か情感が伝わってこない?」

空中写真(1976年) 国土交通省 国土画像情報/wikipediaより引用

優子「空撮だと前方後円墳みたいね」
鉄男「いや、そういうことじゃなくて……、まぁ、オレも仁徳天皇陵を思い出しちゃったけどさ」
優子「十分に楽しませてもらったわ♪」
鉄男「今回は絵が多くあったけど、次回以降も、できるだけ縄張りの図は掲載していく予定なんで。それと皆さまのお城画像を随時募集させていただきますので、よろしければbushoojapan@gmail.comへご投稿くださーい^^」
優子「お願いします^^」

「お城野郎の百名城バンザイ!」

五稜郭は日本初の西洋式要塞として異彩を放っています。
が、正しく理解せずに運用してしまったがために、実力を発揮できなかった残念な城でもあります。

五稜郭の築城は幕末、箱館港の開港時に計画されました。当時の箱館奉行所は港に近く、外国船の艦砲射撃の射程内かつ箱館山から偵察し放題という無防備な位置にありました。そこで箱館奉行所を艦砲射撃の砲弾が届かない場所まで移すことにしたのです。
函館観光をすると、五稜郭だけ函館の観光地(港と函館山付近に集中)から離れた場所にあるのが分ります。城には必ずそこに築城された理由があります。
五稜郭が海から遠い内陸に築かれた理由は西洋列強という仮想敵国の存在があったのです。

五稜郭の特徴的な星型の縄張りに重心の低い石垣や土塁は、攻城戦で大砲が主流となっていた16世紀の欧州で発展していきました。
日本の戦国時代、欧州では既に大砲による攻城戦が主流でしたので、大砲の目印になるような高い建物や高石垣はNG。大坂の陣で徳川方が大砲の目標にした大坂城の天守のように、分かりやすいマトになるからです。
そこで西洋では城の重心をより低くして、大砲を命中しにくくさせ、さらに城に取り付く敵に対しては、鉄砲の能力を十二分に生かすために死角を無くし、あらゆる角度から猛烈に鉄砲を放つことができる造りになって行きます。
これが五稜郭の原型です。

三角形を組み合わせた「稜堡式」と呼ばれるこの形式は15世紀のイタリアで発明され、欧州中に普及します。
17世紀にはヴォーバンというオランダ人の建築家によって、さらに死角のない城に強化され、量産化されます。幕末にフランス人から学び、日本では最新鋭の西洋式の城だった五稜郭は、実は欧州では100年以上も前に普及したもので、既に時代遅れの形式だったことが分ります。
「そんなことは知らない」幕府と函館奉行は五稜郭の築城にあたって痛恨のミスを犯します。現在、復元され写真にあるような巨大な奉行所を五稜郭内に造ってしまったのです。繰り返しますが、五稜郭のような稜堡式の要塞は、大砲による攻撃を避けるためにあの重心の低い造りなのです。その進化の過程を無視して城の中心部に高い建物を建ててしまっては大砲のマトになるだけです。
ヴォーバンが五稜郭を見たら「Why Japanese people!!!ヽ(;´Д`)ノ」と絶叫したことでしょう。

「そうは言っても五稜郭は艦砲射撃の射程外に築城したから大丈夫!」
当時の役人は思ったかもしれません。
しかし技術革新とは恐ろしいもので、次々と開発される大砲の射程距離は飛躍的に延び続け、箱館湾から五稜郭まで届くようになっていました。

箱館戦争では榎本武揚率いる旧幕府軍が軍艦を率いて攻めて来ます。五稜郭内の箱館奉行所は函館湾の船上からもよく見えたと言われています。最新の大砲を積んだ旧幕府軍の軍艦は旧箱館奉行所をマトにして砲弾を撃ち込みます。これには新政府(箱館府)もあっさり降伏。上陸した旧幕府軍に五稜郭は接収され、蝦夷共和国の本陣となります。
このように技術の飛躍的な進歩に対応できなかっただけでなく、そもそも西洋式要塞の進化の過程も理解していなかったために、運用に失敗してしまった城。
それが五稜郭なのです。

※以下のマップには日本100名城がすべてマーキングされております



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【参考】
公益財団法人日本城郭協会
日本100名城/wikipedia
日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

 

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