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お城野郎! 織田家 合戦

稲葉山城(後の岐阜城)を織田信長はどう攻略したか? その全貌を解説!【シリーズ信長の城vol.3】

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前回は最新鋭の小牧山城の築城と犬山城攻略から尾張統一までをご紹介しました(詳細はコチラ)。

ここから一気に稲葉山城攻略!そして戦国随一のアクロバティックな岐阜城の紹介!・・・といきたいところでしたが、そうは問屋がおろさないのが大国、美濃です。

あ、「岐阜」と聞いて「美濃か。大国だなあ」と遠い目になる人は大体トモダチ、戦国マニアです。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20150611-1

美濃、尾張全景

 

ここでも出てくる、あの戦国一のいぶし銀

織田信長に犬山城方面から崩されて、ついに美濃の地に橋頭堡を築かれてしまった斉藤家ですが、このピンチにも動じません。
動じなかったのは斉藤龍興の肝が座っていたからでも、酒好き女好きだったからでもありません。
斉藤家は二代目の義龍の時代に近江の浅井家とは縁を切ってしまいましたが、信濃に進出してきた武田信玄とは古くから誼(よしみ)を通じていました。

美濃と信濃は東美濃で接しており、尾張の横っ面を突くには絶好の位置にあります。信長が調子に乗って出てきても武田信玄の後援がある限り、ビビることは全くないのです。

武田信玄の腹黒さを少しでも知っていれば、武田家に頼る外交は「母さんオレだけど」と電話口で泣きじゃくる輩にお金を振り込むくらいの危うさですが、竹中半兵衛に城を乗っ取られたり、家臣の斉藤家離れが止まらなかったり、足利将軍家からも「ちょっとお前ら信用できんわ」と落第点をつけられてしまったり、散々な三代目・龍興にとっては、それでも戦国大名の座に踏ん反り返っておネエちゃんとイチャついても許される大切な盟友関係なのです。
と言ってもこの外交も、初代の道三や二代目の義龍が残した成果なんですけどね。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20150611-2武田信玄

広大な信濃は武田信玄だからこそ治められたもといえますね

 

しかしそんなに世の中は甘くありません。戦国時代はもっと甘くありません。
斉藤家とは、盟友関係を保ちつつも「俺様を勝手に三代目のトモダチ認定したり、あいつは三代目Jソウルブラザーズとか吹聴しないでくれる?」と思っているのが武田信玄です。
何事にも常に「俺様のメリット」を求める現実主義的なのが武田信玄なのです。

信玄は斉藤家と友好関係を保ちつつ、季節の変わり目ごとにスライディング土下座をかましてくる織田家の飛び込み営業、おっと失礼、低姿勢な外交にもきちんと応じているのです。
信玄は高みの見物で織田vs斉藤の成り行きを見守ります。

 

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意識高い系を演じる信長

信玄が高みの見物ならば、信長は能力を計られていることを知りつつ演じることができる男です。
斉藤家と武田家の関係が、斉藤家の一途な片想いであることにとっくに気づいている信長は、地理的にも政治的にも斉藤家と武田家を分断する作戦に取り掛かります。

地理的には、加茂や可児などの「中濃地域」を手中にして、斉藤家の稲葉山城と武田家の信濃の連絡道を遮断する戦略に出ます。これは斉藤家の孤立化を意味します。

そして信濃に接する東濃地域は織田家と武田家の緩衝地帯として温存させます。国境が接してしまうと不測の事態で一触即発が起きることもあり、国境警備にある程度の兵力を割く必要が出てきます。
並みの武将ならここに自軍を入れて隣国との関係をこじらせてしまいますが、そこはさすが信長。
東濃地域には遠山家という小勢力を温存することで緩衝地帯にして勢力の均衡を計ります。
このような行き届いた戦略は、信玄に対して「俺、地政学的な戦略的思考ができるゾ!」というアピールにもなります。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20150611-3

中濃地域と東濃地域。東濃地域は美濃の東というだけではなく尾張の東にも位置します

 

そして政治的には、できるだけ早く、武田家と婚姻を結び、友好を示すことです。これは中濃地域を支配下に入れてもこれ以上信濃方面に向かって侵攻しないという誓いになりますし、緩衝地帯の東濃地域も大国同士の争いが起こらないことを確信して地域が安定します。
この時期の信玄の目標は西上野と駿河侵攻ですので、美濃方面に兵力を割くつもりも余力もありません。美濃方面は当面の間、安定をもたらす勢力と付き合いたいと思っています。

その甲斐の親方様の心を読み、先んじて提案することが意識高い系「俺、できる」アピールとして大事なのです。

このように信玄に盟友として選ばれる条件は、織田家単独の力で中濃地域を支配し、かつ東濃以東を侵さない約束ができることです。そして信長にとって、美濃を切り崩しつつ信玄に「あいつ、できる」と確信させることが今回の重要なミッションなのです。
こうして前回奪った犬山、鵜沼、伊木山を最前線の城として、永禄8年(1565年)の信長による中濃地域への侵攻が始まります。

 

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加治田(かじた)城が内応!中濃地域の一角が崩れる

さて、中濃地域には中小の国人衆が割拠しており、それを束ねていたのが道三時代に斉藤家から派遣されてきた長井道利(ながいみちとし)です。

この長井道利は道三の庶子だとか、いやいや実は弟だとか言われていますが、詳しい出自はさっぱり分かっていません。中濃地域という信濃、飛騨、尾張の三国を結ぶ国境の要衝の支配を任されるほどの人物であるので、道三にかなり近い人物であったことは間違いありません。

長井道利は早くから木曽経由で武田信玄と連絡を取り、斉藤家との仲介をしていました。しかし斉藤義龍が決起すると、義龍に味方して道三を死に追いやります。
その後、何があったか伝えられていませんが、義龍とは仲違いしてしまいます。

長井道利はかねてより武田家と仲が良かったので、義龍に怪しまれたか、調略が大好きな信玄による離間の計が入ったかもしれません。主従の仲違いに何があったか分かっていないことに陰謀めいたものを感じますね。

ともかく、この一件で中濃地域は一時期、斉藤家から半ば独立したようになりますが、義龍が急死し、龍興の代になると義龍派が追い出され、義龍に避けられていた家臣が龍興に重用されます。

この波に乗って長井道利もまた以前の格を取り戻して斉藤家の家老として復活ます。そうです。道利こそが正真正銘の三代目Jソウルブラザーズfrom斉藤家TRIBE(以下、長いので「三代目JSB」に略。ってまだ使うつもりか!)なのです。

 

中濃地域の小城が俄然重要なポジションに

これが中濃地域の政治状況です。斉藤家の当主が目まぐるしく変わるため、正直かなり不安定です。中濃の国人衆は一体誰を頼ればよいのか分からなくなり、お互い裏切らないように人質交換を盛んにしています。
そんな中を信長は侵攻していくことになります。不安定こそ最大のチャンスです。

犬山、鵜沼、伊木山を確保して木曽川の支配権を既に得ている信長は、それより上流の中濃地域から来る人や物の流れを完全に管理下に置いています。
中濃地域にとって、木曽川の制海権ならぬ、制「川」権を奪われたことは、電気、ガス、水道を止められた上に、預金通帳まで押さえられたようなものです。

この苦境に直面していち早く斉藤家を見限ったのが、加治田(かじた)城主の佐藤忠能(ただよし)と、その養子、忠康(ただやす)です。丹羽長秀を通じて、信長に内応を約束してきました。
犬山城の支城攻略の際にも内応工作を手掛けていた丹羽長秀が、主体的に調略を仕掛けた可能性もあります。

この加治田城主・佐藤忠能の息子忠康は、道三vs義龍の親子ゲンカの時に、義龍に味方した義龍派の武将です。その後、忠能の養子となりました。龍興の時代になって、長井道利が斉藤家の家老、三代目JSBとしてドヤ顔で復帰してきたので、居心地が悪かったのでしょう。

また美濃国内には斉藤道三の「国盗り」以前に土岐家に仕えていて仕方なく斉藤家に従っている国人衆や、追放されて尾張の織田家に流れてきた土岐派や道三派の国人衆など、尾張と美濃中に散らばった国人衆同士の複雑な人間関係が存在します。信長の家臣にも「美濃衆」として森可成や蜂屋頼隆、金森長近などが早くから織田家に仕えています。

信長にとって「トモダチのトモダチは斉藤家」状態で、とりあえず三代目JSBの選抜から漏れた人間に当たりをつけていけば誰か引っかかるという、とても調略のしやすい環境でもありました。

中濃地域で唯一、加治田城が織田方になったことで、信長は加治田城の後詰めの責任を持つ立場になります。しかも全力で救援しなくてはなりません。ここで桶狭間の戦いのように後詰めを怠るようであれば(あのときは意図的でしたが)、中濃地域の国人衆は今後一切織田方に内応することはなくなるでしょう。

加治田城は小さな城ですが織田家にとって俄然重要な城になりました。

 

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