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ヤマトタケルはなぜ白鳥となってこの世を去ったのか【マンガ古事記「神詠み国詠み」35回】

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長らくお休みいただいていましたがマンガ古事記「神詠み国詠み」が新年から復活です。
途中となっていました、日本古代史最大の英雄の一人ヤマトタケルの物語をはじめから一挙に掲載いたします。

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日本列島を隅から隅まで遠征してヤマト王権をして天下統一したヤマトタケルですが、ふるさとへ帰ることなくその生涯を閉じます。
そして魂のみが白鳥となってふるさとを目指して飛んでいくのです。
ところが、どういうわけでしょう。三重県をたった白鳥はふるさとであるはずの大和(奈良県)を通り越して、河内国(大阪府)の志幾に降り立つのです。そこに「陵(天皇家のお墓)」を作り、これを「白鳥陵」と呼んだとするのです。
ここにヤマトタケルの墓とされる前方後円墳(白鳥陵古墳)があるからという説明になりますが、ちょっと不思議ですよね。魂ならまずはふるさとに帰りたいのではないかと。

考古学では、ヤマトタケルが実在したとしたら歴史的には5世紀ごろの人物にあたるとして、大王級の前方後円墳が大和ではなく和泉(当時は河内の一部)に集中していることから、ヤマト王朝は初期は大和にあったが、その後、王朝のさん奪などなんらかの理由で、首都が河内へ移転したとして「河内王朝説」という考えがかなり浸透しています。
この古事記の白鳥神話からも裏付けられそうです。もっとも、「墓の場所=都」と言えるのかという問題があります。
たとえば、明治天皇の御陵は京都(伏見桃山陵)にあります。でも、明治時代の首都は京都でなく東京です。
昭和天皇の御陵は八王子にあります。東京都ではありますが、首都が多摩地区かといえばちょっと違いますよね。
古代でも、奈良県に都が置かれていた飛鳥時代の天皇の陵墓の多くは、大阪府内にあります。

ヤマトタケルの「生きた」古墳時代中期と古事記がまとめられた(ほぼ)奈良時代はざっと300年のブランクがあります。江戸時代よりも長いのです。
同じ「古代」とはいえ、奈良時代の人たちがヤマトタケルの陵墓(日本書紀ではここのほかに大和内にも白鳥陵のふたつを比定している)と伝わっている前方後円墳が河内にある理由をすんなり理解できなかったのかもしれません。

例えば、ヤマトタケルの墓にはたまたまよく白鳥が見られることから、現地の住民が「白鳥の古墳」と呼んでいたのことを、古事記をまとめた人たちのだれかが耳にして、「白鳥」=「ヤマトタケルの魂」と勘違いしたなんてことがあっても不思議ではありません。さて、現実はどうだったのでしょうか。

恵美嘉樹・文

細田雪華・マンガ

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