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バテレン追放令で細川忠興ぶっ壊れる!? いやいや、元から壊れてるって? 【戦国boogie-woogie vol.108】

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四国から仙石秀久・長宗我部信親の征伐軍を薩摩へ送り、一度はコテンパに跳ね返された秀吉の九州征伐。
すぐさま黒田官兵衛や弟・秀長らを派遣し、自らも軍を率いて、遂に島津を屈服させた秀吉は、次にいかなる一手を繰り出したのか?
東には北条、北には伊達らの奥州勢。
未だ反勢力は健在であり、一国の覇王と呼ぶには完全ではない最中、突如、掲げた政策が「キリシタン」の追放・弾圧であった。
秀吉傘下の者たちには、官兵衛や高山右近、小西行長をはじめ、キリスト教と馴染み深い武将も多い。
果たしてコトは無事に進むのであろうか……。

 

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汝、高山ジュスト右近は信仰を捨てよ

20160322アニィたかはしさん4コマ漫画1
◆なぜ秀吉はバテレン追放令を出したのか?
神の前に人は平等――そんなキリスト教の考え方を危険視したとする説がある一方、宣教師たちと共に活動していたポルトガル商人たちが日本人の奴隷売買に精を出し、これを国外へせっせと送り届けていたのが発覚したからだという説もあります。
ポルトガル商人は、マカオと日本を拠点に次々と日本人を送り出していたというのですから、そりゃまぁねぇ。※ただし、戦場で人さらいをして奴隷売買するのは戦国時代は日本中で行われ、秀吉自身も普通に売買していたという話もあります
なお、高山右近さんは、昨年、ローマ法王からカトリック教会で最高の崇敬対象である「聖人」に次ぐ「福者」の称号をもらっています。秀吉に追放された後は前田家をたより、さらに信仰を求めてマニラへ流れ着いて、しかも現地で亡くなられるのですが、よろしければ詳細はコチラからどうぞ。

村重、信長、秀吉と綱渡りの連続! 高山右近 なぜマニラで死んだのか 【その日、歴史が動いた】

 

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汝の名は細川ガラシャ 忠興の妻なれど

20160322アニィたかはしさん4コマ漫画2
◆戦国一短気で、家臣も次々にぶった斬った暴れん坊として知られる細川忠興さん。
後に非業の死を遂げる細川ガラシャさんが奥さんだということでも現在の戦国ファンには知られておりますね。
武家の名門である細川家。千利休の弟子でもあり、まさに文武両道だった人でも性格までは関係なかったんすかね。さてどうなることやら……

 

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レリゴ~♪ レリゴ~♪ ありのままの忠興受け入れるのよ

20160322アニィたかはしさん4コマ漫画3
◆忠興さんのヤバエピソードを語る上で欠かせないのが、庭の手入れをしていた植木職人をぶった斬ったことでしょうか。
妻の細川ガラシャさんを色目で見ていたという理由だけでバッサリ。
この一件だけなら、本当に職人が悪かったかもしれないと思えるところですが、忠興さんは他にもバッサバッサと斬りまくり、他の大名から「すぐに斬るんじゃない!」とたしなめられたこともあるほど。
それだけ奥さんを愛していた……という風には言い切れない余罪があるんですよね

 

人の命は風船よりも軽い そんな時代が悪いのか

20160322アニィたかはしさん4コマ漫画4
◆すみません、説明が前後しましたが、細川忠興の妻・ガラシャは、明智光秀の娘でもあります。
本能寺の変の後、光秀が婿のいる細川家を頼りにし、そしてその協力を得られず秀吉に山崎の戦いで負けたことは周知のことですが、実際、謀反直後の忠興はガラシャの命を守っております。
にもかかわらず、さすがにキリシタン信仰は受け入れがたかったようで、キリスト教徒となった侍女の鼻を切り落とし、ガラシャに改宗を迫ったなんて話も。いや、もう、何も言えねえっす

 

(来週へ続く)

漫画・アニィたかはし
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