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関が原の戦後処理は粛々と進むよ、真田までも【戦国boogie-woogie150】

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関が原の戦いは、買っても負けても悲喜交交(ひきこもごも)。
石田三成や大谷吉継、小西行長のように戦中戦後に命を落とした者もいれば、勝っても素直に喜べない徳川秀忠のようなジェネラル2世もいた。
その中でも象徴的であったのは、やはり真田親子だろう。
他ならぬ秀忠の名声を地に落とした昌幸&信繁に対し、本多忠勝の娘・稲を貰った信之は徳川外様の中でも有力な家にのし上がり、やはり悲しみと喜びが交差している……と、思われるが案外そうでもなかったりして?
関が原の戦後処理は、粛々と進むよ、ドコまでも――。

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そこは外様ではなく四天王でしょっ


◆関が原の戦いに際し、東海道を進んだ徳川家康と、中山道から向かった徳川秀忠。
徳川の主力部隊一角を任された秀忠が上田の真田昌幸・信繁親子に引っかかり、関ヶ原当日に間に合わなかったのは有名な話ですが、ここから先は色々と意見が分かれるところですよね。
そもそも秀忠は家康に言われた通りに進軍していたのであり、途中で「行軍を急ぐように!」と秀忠に指示された書状の到着も遅れ、もうどうにもならなかった、と。
しかーし徳川家康は激怒!!! いったい誰が悪いの? という……。
まぁ、いずれにせよこの手の話は周囲の取り成しが大事っすよね。

 

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◆「言うほど策士でもない」とは、ごもっともですなぁ。
謀略父ちゃん(祖父もw)のイメージが強烈過ぎて、長男にも同様の印象を持ってしまいますが、信之さんは割と真っ直ぐな生き方ですよね。
言い換えれば不器用と申しましょうか。
だからこそ、前妻の息子と稲の息子たちがトラブルを起こして、最悪なことに改易に処されてしまう、という。
せっかく生き残ったのにもったいない(´・ω・`)
【関連記事】真田丸の末裔にあるまじき暴挙&悪政 だから真田信利(沼田藩主)は改易された

 

家康に食い込んだ曲者(?)オランダ人登場


◆江戸時代の外交政策と言えば鎖国!
昨今は「鎖国じゃなくて、一部の国との国交でしょ」という風潮もございますが、いずれにせよ、ポルトガルが主流だったアジア圏の交易に食い込んで来たのがオランダでした。
ヤン・ヨーステン。この御仁、家康さんに見事取り入ると、江戸城内に家と嫁さんまでもらってます。そしてヤン・ヨーステンが後に訛って「八重洲」となったという……。
朱印船貿易を導入した功績もありますが、その途中、座礁の海難事故に遭って亡くなられております。
【関連記事】江戸時代の鎖国は強欲なオランダ人に仕組まれた罠だった!?

 

そして昌幸&幸村は九度山へ……

◆呑気な親子であります。
おそらくや数年が経てば真田の郷へ帰れると思っていたのかもしれません。
命を助けて貰っただけでも御の字の場面であり、大谷吉継さんの娘にして幸村の奥さんである竹林院さんは女性だけあって現実的。
すでに「真田紐」を織っておりますね。

【関連記事】真田昌幸の最期は「うつ病」気配が濃厚だった!? 真田幸村の父にして稀代の名将を蝕んだ心の病

 

次週へ続く

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