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後藤勝兵衛次々ここにあり

沖田総司や近藤勇が踏んだ石畳を踏み、八幡太郎義家ゆかりの大宮八幡宮へ【後藤勝兵衛次々ここにあり vol.20】

更新日:

 

恭賀新年。

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

皆々様に於かれましては、健やかなる御正月を御過ごしの事と存知申上げ奉り候。

旧年中は、此の勝兵衛次々の稚拙なる記事の数々に過ぎたる御評価を頂き、誠に恐悦至極に存じ奉り候。

本年も尚一層の事、しょうもない記事で皆々様の御心に多少なりとも楽しみの炎を灯す事が出来ますれば、某の武士の本懐にて御座候。

 

全国各地で祀られている「八幡様」とは?

さて、新年最初の本日は、徳川光圀ではなく元の後藤勝兵衛次々として新年のご挨拶と共に歴史探索に御伴をお願い申上げ奉りたく存知奉り候。

日本一の尊王俳優の江戸におけるお正月とは如何に過ごすもので御座ろうか。

と、言うてもやはりそれがしも皆様と同じく、地元の氏神様へまずはご挨拶申し上ぐるもので御座る。それがしの氏神様とはこちら!

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そう、「東京のへそ」こと、杉並区の大宮八幡宮で御座る。

さてもさても、日本各地にこの八幡宮と名の付いた神社が相当数御座りまするが、そもそも八幡様とは如何な神様で御座ろうか。

武将ジャパンの読者の皆様に於かれましては、すでにご存知のかたも多いと思われまするが、ひとついつも通り簡単にザックリまとめてみまする。

 

今から約1500年前の昔、欽明(きんめい)天皇の御世、欽明天皇三十二年(西暦で571年)二月十日あたりに、九州は大分県宇佐(うさ)市にある宇佐神宮のひし形池のほとりで、大神比義(おおがのひぎ)というおっさんが修行しておりました。

そしたらば、池のほとりで何か不吉なことが起こったりしたので、比義のおっさんは断食したりして、祈りました。すると、池のほとりの竹の葉の上に、三歳くらいのかわいいお子ちゃまが立って現れ、お告げを下されたのです。

 

お子ちゃま「われは、日本の神となりました。一切の衆生を救おうと思って神としてやってきました。われは、第十五代天皇誉田天皇(ほんだてんのう)広幡八幡麻呂(ひろはたやはたまろ)なり。」

比義っつぁん「ま!ま!ま!マジっすか!!誉田天皇と仰いますと!ま!ま!ま!まさか!!」

 

誉田天皇とは、誉田別尊(ほんだわけのみこと)の別名を持つすなわち、第十五代天皇応神天皇(おうじんてんのう)で御座ります。

この応神天皇は、通称「胎中天皇(たいちゅうてんのう)」と呼ばれておりました。

なぜ胎中天皇かと申しますと、第十四代仲哀天皇と神功皇后の間にお授かりになった御子なので御座りますが、神功皇后のお腹にいらっしゃる時に仲哀天皇が崩御なされたので、まだお生まれになる前に天皇に即位されたという事から胎中天皇と呼ばれておりまする。

 

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お腹に応神天皇を宿したまま半島へ渡り… 

この御母ちゃん神功皇后様は北斗晶もびっくりの超お強い皇后さまで、仲哀天皇が崩御なされた後、三韓征伐と言って、お腹に応神天皇を宿したまんま、身重の体で玄界灘を渡り、新羅、高句麗、百済を戦わずして降伏させたという、とんでもない武勇伝の皇后さまで御座りまする。

そのスーパー御子、応神天皇がなんと衆生の為にこの世にお出ましになったと言う事で、比義のおっつぁんはこの地に広幡八幡麻呂(ひろはたやはたまろ)をお祀りする宇佐神宮(の元になる神社)を建てたので御座る。

奈良時代から平安にかけて、三つの社殿が建てられ、それぞれに

①第一の御殿 八幡大神(はちまんおおかみ)=応神天皇
②第二の御殿 比売大神(ひめおおかみ)=地元の神様
③第三の御殿 息長帯姫尊(おきながたらしひめのみこと)=神功皇后

が祀られたので御座りまする。

この宇佐神宮が、全国の八幡宮、八幡神社の大元なので御座る。

 

この八幡宮が、都を守るために、奈良の手向山にもお祀りされ、その後京都の石清水にもお祀りされ、時代時代で様々なお告げを下さり、国家鎮護の為に様々な神徳を顕されたので御座る。

鎌倉幕府初代将軍、源頼朝のひいおじいちゃん、そして源氏の伝説的ヒーロー源義家(みなもとよしいえ)は岩清水八幡宮で元服式を行い、「八幡太郎義家」と名乗るようななったそうな。

故に、源氏を始めとする武家に篤く信仰されるようになったもので御座る。

 

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八幡太郎義家も立ち寄った!大宮八幡宮

さてさて、新年早々話が逸れまくりました。

この大宮八幡宮は昨年鎮座九百五十年という、とてつもない悠久の時を超えてこの東京のど真ん中に鎮座ましますもので御座りまするが、ここの御祭神は、先ほどからお話に出ております「仲哀天皇、神功皇后、応神天皇」の三柱がお祀りされて居るのです。

なんと、お父さん、お母さん、息子が一緒に! 家庭的なほんわかした神社なので御座る。

 

特に胎中天皇の逸話から、安産・子育ての神様、またラオウ…あ、いえいえ、神功皇后さまの戦を勝利に導かれた御威徳から勝利、厄除け開運の御利益が御座ります。

また、縄文時代より前からの祭祀跡が発見されたりと、古代からの神域であった様なのです。どうりで、パワースポットとしてネットに載ってるわけで御座る。

 

この神社も実は八幡太郎義家が奥州(東北地方)遠征の際に立ち寄ったという伝説の残る場所なので御座る。

八幡太郎義家が、馬の鞍をかけた松がコチラ。

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さぁ、そのご立派な鳥居をくぐりますとじゃな、長い参道の果てに立派な拝殿がお出ましになるので御座るよ。

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こちらは年越しの大祓い「茅の輪くぐり(ちのわくぐり)」。

これを【上、上、下、下、左、右、左、右、B、A・・・】じゃなかった、【左、右、左】とくぐる事によって、その年に溜まった厄や、罪業を祓い清めるので御座る。

 

また、大晦日ともなれば、ご神体を先頭に

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参道を、三往復するくらいの人々の行列が、この茅の輪くぐりに参加するので御座る。

 

そして、元旦は拝殿に向かってこの行列!

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世界の平和、日本の繁栄、皇室の安泰、我が歴史新大陸がこの日本社会のお役に少しでも立てます様に、御祈念申上げて気持ち良く清々しい参拝で御座った。

しかし、この如何にも無秩序に見える行列でも、しっかりと順番と秩序を守り、決して揉めたりすること無く粛々と列を乱さない日本の文化に、それがしはいつも祖先から受け継いだDNAに刻まれた日本の道徳心を思うので御座る。

 

近藤さんや沖田さんが踏んだ試衛館跡の石畳を踏み

じつは!この歴史深き大宮八幡宮参拝前には、それがし!

新撰組研究のカリスマにして、第一人者!

スーパー歴史家のあさくらゆう先生にお招きいただき、牛込柳町は試衛館道場跡地に現存する、試衛館稲荷にも詣でていたので御座る!

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本年5月の最終の金土日に、「新撰組哀歌‐びいどろ揚羽蝶‐」の続編

「新撰組哀歌‐約束の懐中時計‐」

の上演が決まっておりますので、その成功祈願と、昨年の公演の大成功の御礼を兼ねて、近藤局長、土方副長、沖田さん、山南さんらが、通ったであろう試衛館稲荷に訪れたので御座る。

 

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普段は入れないので御座るが、本日特別に地主さん及び、あさくら先生のコーディネートにより、直接参拝の御機会を賜った物で御座る。

 

この石畳!

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そして、鴨井!

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このあたりは、あさくら先生によると、当時から残っているそうで(関東大震災も東京大空襲も生き延びた、奇跡のお稲荷さん!)、同じ石畳を、近藤さんや沖田さんが踏み、この鴨井を眺めたのかと思うと何とも言えぬ感動で御座る。

 

元旦に、ふわふわ降る初雪の荘厳な雰囲気の中、今年の日本の興隆を御祈念申上げて、この日本一の尊王俳優は、最高に幸せな心持にて元日を過ごしたので御座った。

さて、正月一発目の記事は斯様に真面目なるもので御座りまするが

分かっておりますぞ?

分かっておりますぞ??

 

来週はいよいよ、水戸黄門Zロケのある意味クライマックス、お風呂シーンの本編のレポートと参りましょうか!!

次回こそは決して、フェイクなしでお届けいたしまするぞ!!

 

ではでは、本年も宜しく御願申上げ奉り候!!!!

 

◆ 後藤勝兵衛次々 プロフィール
後藤氏プロフ画像

普段は【劇団歴史新大陸】で局長・後藤勝徳として活動。生まれる時代をうっかり450年程間違えた役者でもあり、演出家でもある。
日本の誇りある歴史、文化、伝統芸能などを国内の若者、ひいては世界に発信し、その素晴らしさを広める為の場として、劇団活動を活発に行っている。

自称日本一の尊王俳優(あるいは日本一の快男児)。

劇団歴史新大陸HP  http://rekishin.com/

フェイスブック https://www.facebook.com/Katsunori.Goto.0113

 

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編集部注※戦国武将・後藤又兵衛さんのご子孫でもある

後藤又兵衛/Wikipediaより引用

後藤又兵衛/Wikipediaより引用

 




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