本郷和人東京大学教授

本郷和人の歴史ニュース読み

西郷は「浴衣で散歩なんてしてない」と漏らした妻・糸子のホンネ 本郷教授の「歴史キュレーション」

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週のテーマは【西郷隆盛さんは「浴衣で散歩なんてしてない」と漏らした妻・糸子のホンネ】です。

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

◆2018年の大河ドラマは「西郷どん」 NHK 9月8日

本郷「へー。決まったのかあ。主人公は男性と女性、舞台は戦国と幕末が交互に、というのがおおよその基本だろうからね。『井伊直虎』が戦国の女性だから、次はやっぱり、幕末の男性が主人公にくるんだね」
「原作は林真理子さんね。最近の大河ドラマにしては、原作明記は珍しいわね。『軍師官兵衛』の時だって、司馬遼太郎の『播磨灘物語』を原作にはしなかったのに」
本郷「脚本家さんにしてみると、原作の縛りがない方が存分に腕がふるえる、ということらしいよ。でも今回は、売れっ子作家さんが原作、というのもまた良し、という判断なんじゃないのかな」
「林さんは、従来の時代小説とは違い、家庭人としての西郷を描けた、と言ってるわよね。たしかに、西郷さんって恋愛のイメージがあんまり、ないわよね。坂本竜馬だとおりょう。高杉晋作だとおうの。じゃあ、西郷さんは?て・・・うーん。恋愛の末の奥さんの話になると、ますます知らない。上野公園の西郷さんの銅像が『あんまり実物と似てない』と未亡人が感想を述べた、という時に言及されるくらいかしら?」
本郷「なるほどねー。調べてみるとね。西郷さんは3度結婚しているんだよ。はじめての結婚は28歳のときで、伊集院兼寛(のち貴族院議員・子爵)の姉すが(須賀)と結婚したんだ。だけど、多忙だったために充実した結婚生活を送ることができず、離婚している」
「へー、そうなの。西郷さん、よっぽど家に帰らなかったのねー。伊集院というと、何だかかっこいい苗字の代表みたいだけれど、名門なの?」
本郷「豊臣秀吉に重く用いられ、都城8万石を与えられた伊集院忠棟の何らかの血縁ではあるんだろうけれどね。分かっているのは、すがさんのお父さんまで。おじいさんから過去は遡ることができない。名門というわけではなさそうだなあ」
「あ、ごめんね。すがさんがお嬢様だった、という記事をネットで見たものだから。早とちりね。じゃあ、次いって、次」
本郷「2度目の結婚は西郷さんが奄美大島に流されていたときのこと。島の名家であった龍家の娘・愛加那(あいがな)と結婚したんだ。菊次郎(後の京都市市長)・菊子(大山巌の弟と結婚)の二人の子供をもうけた。この子供たちは嫡子ではなく、庶子として扱われた。西郷さんが許されて鹿児島に帰る際、島妻は鹿児島へ連れていけない規則があったので別れた。愛加那さんは明治35年まで生きたんだ」
「菊次郎、菊子は西郷家に引き取られたんでしょう? 夫も子どもも失うなんて、愛加那覇さんはたまらないわね。今から考えると、ひどい話ねー」
本郷「そうだね。気の毒だなあ。それから、3度目なんだけれどね。39歳の時に岩山八郎太の23歳の娘、糸子と結婚した。寅太郎(侯爵)・午次郎・酉三の3人の子供をもうけたんだ。第2次佐藤内閣の法務大臣・西郷吉之助は寅太郎の子なんだよ」
「じゃあさ、『銅像が似てない』と言ったのは誰?糸子さんかな?」
本郷「そうらしいね。『うちの主人はこんなお人じゃなかったですよ』また『浴衣姿で散歩なんてしなかった』と感想を漏らしたというんだ。それでね、これはぼくの想像なんだけれど、あの像そのものを、糸子さんは気に入らなかったんじゃないかな」

 

「え?なんで?」
本郷「浴衣姿なんて、くだけた感じに造られちゃったから。もっとちゃんと、軍服なり、礼服なりを着ている姿で造って欲しかった、という不満があったと思うんだよ。それで、ついそれが言葉になって、周囲にたしなめられた・・・。もしそうだとするとね、似ている、似てないというのは、二の次の話になる」
「西郷さんの写真が残ってないのは有名な話で、じゃあどういう顔だったんだ、というと必ず上野の銅像は話題になる。それで、浴衣と軍服にそれほどの差があるの?」
本郷「うん。あると思うよ。というのはね。西郷さんはご存じのとおり、西南戦争で罪人の認定を受けた。でも明治22年の大日本帝国憲法発布にともなう大赦により、名誉を回復されたんだね。それで、それをきっかけとして、吉井友実ら薩摩藩出身者が中心となり銅像の建設計画が始まったんだ」
「そうか。明治時代のことだから、許されるまでの12年間、西郷さんの家族は、肩身を狭くして暮らしていたワケね」
本郷「そうだね。でも、西郷さんは当時からとても人気があってね、銅像を造るという話が持ち上がると、全国2万5千人余の有志の寄付金が集まったんだ。除幕式は、明治31年のことだった」
「西南戦争の影響って、そんなに強力なのかしら?」
本郷「うん。西郷さんほどの功績のある人だったら、皇居により近いところに建ててもいいでしょう。いかに西郷さんが上野戦争を指揮していたから、といっても、あの地が選ばれたことには、ある程度の遠慮が働いたのかもしれない。それから、いよいよ軍服なんだけどね。陸軍大将の軍服を着せなかったというのは、これは明らかに、いったんは賊軍に身を落とした人だから、という配慮らしいよ」
「へー。そうか、それが糸子さんは気に入らなかったんじゃないか、というのがあなたの見立てなのね」
本郷「そうだね。糸子さんが本当に言いたかったのは、『似てない』よりも『浴衣姿で散歩なんてしなかった』の方なのかもしれない」
「ふーん」
本郷「それとね。実はね。あの像は糸子さんがいうような散歩している姿ではないんだ。愛犬をつれ、腰に藁の兎罠(うさぎわな)をはさんで兎狩りに出かける姿なんだよ。犬にもちゃんとモデルがいてね、西郷さんのお気に入りの薩摩犬。雌犬で名前は『ツン』。銅像作成時には死んでいたので、血を引いている雄犬をモデルにして、雄犬として作成されたんだ。実際の薩摩犬より、大きめに造ってあるそうだ」
「銅像一つにも物語があるのねー」
本郷「そうだねー。じゃあもう一つ行くか。あのね、西郷さんの像みたいに、個人の顕彰を旨とする最古の銅像って何か知ってる?」
「ええとね、靖国神社の大村益次郎の銅像でしょう?」

大村益次郎銅像

 

本郷「おおー。大正解。それでね、その大村像と、上野の西郷さんの像。両者の視線を伸ばしていくと、ぶつかるんだ、という話は知ってる?」
「ええっ!? そうなの」
本郷「いや、実際にやってみた人がいるらしいんだよ。そしたら、これはウソだった。上野戦争の最高司令官だった大村は、双眼鏡を持って上野の山を見つめてるでしょう。だから、そんな話が作られたのかな」
「ちょっと待って。聞いたこと、あるわよ。長州人の大村益次郎は、西郷さんが嫌いだったんでしょう? だから、そんな話ができたのよ、きっと」
本郷「うん、大村は西郷嫌いだったらしいね。だけどさ、そんな大村を上野戦争の総司令官に推したのは西郷さんでしょ。やっぱり器の大きな人なんだよ。それが大河ドラマでどう描かれるか。今から楽しみだなー」
「ふーん。NHKよいしょで締めるわね。ふーん」

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