井伊直虎はやっぱり男!? シンプルに歴史資料を読むならば…… 東大・本郷教授の「歴史キュレーション」

 

2017年大河ドラマで柴咲コウさんが熱演していて話題の井伊直虎
昨年末に突如として「直虎=男性説」が発表されて以来、ドラマの人気が高まる一方、依然としてその疑問はくすぶったまま。スグに結論が導かれることはないかもしれないが、歴史ファンの心をざわつかせていることは間違いないであろう。
この問題、歴史学から考察すると、いかなる結論がより自然であるのか?
いったい直虎は男性なのか、はたまた従来の説通り女性なのか。
東京大学・本郷和人教授に考察していただいた。
※以下はこれまでの記事です
【関連記事①】「井伊直虎は男か女か?歴史学から考察してみようvol.1」
【関連記事②】井伊直虎の男説を追う!そもそも女説の根拠は?
【関連記事③】直虎は生年も違う? 花押無き「次郎法師黒印状」の謎

【登場人物】
本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)/イラスト・富永商太

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も/イラスト・くらたにゆきこ

これまで考えたこと
○『井伊家伝記』は資料的価値に疑問がある。古文書の分析こそが信頼できる。
○井伊直盛は20代後半に子どもをもうけた。
○井伊直盛が戦死し、井伊直親が自害した後、その子どもである次郎法師は井伊谷の領主として機能していた。
さて、これがどう続きますか。
「なによ。なんか落ち込んでるわね」
本郷「うん。ぼくが書いたものをパクリだと主張するネットのページを見つけちゃってね」
「あらら。それはまた、たいへんね。将棋の三浦九段みたいね」
本郷「そんなすごい人とは比較にならないけど、本質的には同じかな。誤解を解いておきたいんだけれど、まず、パクリではない。ぼくが言いたいのは、古文書を読もうよ、これだけなんだ」
「今まで書いてきたことは、古文書を正しく読めば、無理なく導き出せる推論である、ということね」
本郷「そう。そこにはウルトラC的な発想はないんだ。歴史学に従事する人なら、まず順当にたどり着ける平凡な結果なんだね。逆にいうと、ことさらパクる必要もまた、ない。この記事には本郷和人としての個性はありません、だから本郷の研究業績にはなりません、で全く構わない。ただ、歴史学のちゃんとした手順を踏むと、井伊直虎はどう捉えられるか、ということが分かって欲しいだけなので」
「じゃあ、そういうことで、先に進みましょうか」
本郷「さて、切り替えていこうね。ではいよいよ『蜂前神社文書』の永禄11年11月9日、徳政の実施を命じる文書ね。これは関口氏経と井伊直虎が連署して発給している直状。『直虎』の名が明記され、花押の形状が分かる唯一のものだ。それから、署判の右上に小さな字で『次郎』とある」
「徳政令が出る経緯は分かっているの?」
本郷「『蜂前神社文書』にはこの徳政令が出される経緯を説明する文書が数点あるんだ。それを読むと井伊次郎が井伊谷を治める領主であることが分かる」
「それはどうして?」
本郷「たとえば同じ8月4日の日付をもった書状が2通あって、『早く徳政令を出せ』と催促している。文面はほぼ一緒で差し出し人は関口氏経。1通は『井次』、すなわち『井伊次郎』あて。もう1通は『伊井谷 親類中 被官衆中』あて。となると、年次は永禄11年となる。井伊次郎は井伊家の当主。親類とは井伊家の一族、被官とは井伊家の家来と解釈できるね」
「なるほどね。次郎は井伊家の当主なのね。それで、名は直虎ね」
本郷「ここで気をつけるべきは、直盛が信濃守を名乗っているのに、直虎がただの次郎なんだよね。これも次郎がまだちゃんと当主を務められない、成人したて、とかの事態を考えられるんじゃないかな」
「ふーん。そうすると、永禄8年に井伊谷を治める『次郎法師』がいて、3年後に『次郎直虎』がいるわけね。二人は同一人物、ということで良いの?」
本郷「幼名がそのまま通称に移行することは普通はないんだけれどね。でも、両者が別人である可能性はもっと確率が低いんじゃないかな。ぼくは次郎法師が元服し、『井伊次郎』、則ち直虎になったと考えるのが自然だと思うよ」
「なるほど。あなたは次郎法師と井伊次郎が別人、という説には賛同しない、ということね」
本郷「そういうこと」
「じゃあ、改めて、核心の部分を尋ねましょう。あなたは直虎が女性だと思うの?男性だと思うの?」
本郷「それは逃げたいな。NHK出禁、とかになったら、目も当てられない」
「ここまで来て、それはずるいわよ」
本郷「うん。たしかにそうか・・・。でもさあ、パクリ疑惑をかけられたり、出禁になる恐怖におびえたりしながら、なんでたいしたカネにもならないのに、ぼくはこんなことをやってるのかなあ?」
「お金や名声じゃないわよ。研究者は真理の追究が使命でしょう? びびってないで、しっかりして。それでも地球は回っている、よ。ガリレオに恥ずかしいと思いなさい」
本郷「うーん、まあ歴史研究という立場から腹をくくるか・・・。あのね、ここまで『井伊家伝記』が信用できないということは、この資料だけが説く『直虎=女性』説は考え直すべきかもしれない。そう思わざるを得ないんだなあ、これが」
「つまりは、男性だった、ということね。あなたが思うに、直虎はお・と・こ!」
本郷「いやいや、あんまり大きな声を出さないで・・・。ごくごく普通に、オーソドックスに歴史資料を読んでいくと、その可能性が高いなあ、ということだね。ぼくが子どもの頃だから、50年ほど前かな、八切止夫という作家がいた。彼は上杉謙信は女性だった、と力説して有名になったけれど、じゃあ客観的に謙信が女性だったとする研究者はいないよね。『謙信=女性』説はあくまでも、フィクションとして楽しむわけだ」
「すると、あなたは『井伊家伝記』は八切止夫だったかも、というわけね」
本郷「歴史解釈で大切なのは、特別に変わったことはやらない。普通に解釈できるなら、それが一番だ、ということかな。そうすると、井伊次郎直虎という人がいて、その人物が女性だと想定するのは、相当にヘンテコなことでしょう」
「まあ、そうよね。女性の名前では、ほぼないわよね」
本郷「文書に井伊次郎直虎と出てきたとして、それが女性かも、と疑ってかかることはほぼない。性別を考慮することは無意識のうちに排除される。男性だと考える方が無理がないわけで、だったら、それでいいんじゃないかな」
「ふーん。じゃあ聞くけど、田沼則子さんっていったら、どう?」
本郷「え? たぬま・のりこさん、でしょ? 女の人じゃないの?」
「それがねー、これが男性なんだな。たぬま・ただし、さんなのよ。この方の芸名は三木のり平。昭和期のコメディアンね。『ごはんですよ』桃屋さんのCMで有名よね」
本郷「ええー、そうなんだ。いやな実例を知ってるね。特別な事例もあるから、直虎が女性でもおかしくないっていいたいわけだね。でもさあ、世の中に絶対、というのはないわけでさあ」
「直虎が男性だと納得させたいなら、なぜ『井伊家伝記』は、その直虎を女性だと説いたか。それを考えるしかないわね。そこがきちんと説明できないと、『直虎=男性説』は 説得力を持たないんじゃない?」
本郷「そうかなあ? だって、もう一度言うけど、直虎という名前の女性がいた、という方が断然、確率の低い話だと思うんだけれどね」
「でも、繰り返すけれど、田沼則子はれっきとした男性なのよ」
本郷「・・・わかったよ。考えがないわけじゃない。それはまた次回にお話ししましょう」
「はい。期待しないで待つことにするわね」

 

 

 


【当サイトの人気記事】 最新研究によって判明した、織田信長の意外な一面とは!?




関連記事

コメント

    • 匿名
    • 2017年 2月 21日

    下の人も言っているように、次郎法師が直盛の息子説には賛同できません。
    前にもコメントしましたが、次郎法師は直政の幼名と考える方が良いと思います。
    教授自らも言っているように、幼名が通称に移行することはまずない。
    関口氏の息子が当主として次郎直虎で来たとき、やむなく名前を変えたと考えれば
    良いと思います。
    次郎法師、直虎が女という話は論外です。女当主は立花氏等あるようですが、
    事情が全く違います。最終的に力が物を言う戦国時代、強国の谷間にある小国で
    女性を当主にするというのはありえないと思います。

    •    
    • 2017年 2月 20日

    ↓誤字訂正
    祐圓尼でした

    •    
    • 2017年 2月 20日

    こう言ってはなんですが、「女と侮られないために男を演じた」となれば、発給文書は男と認識されるような手法を取るのが当たり前なのではないでしょうか。「普通に解釈すれば男」であるのはむしろ狙い通りであって、「普通に解釈すれば女」とわかるのであれば彼女の偽装は稚拙であったということになります。

    歴史家としては「記録から読み取れるなかで可能性の高い」ものを支持しなければならないのは理解できますが、発見された史料の少ないなかで、公式記録から辿って「秘匿された性別」を探り当てるのは難しいのではないかと思います。

    さりとて、時代を経た龍潭寺の井伊家伝記を全面支持するわけではありませんが、公式記録で秘匿されている事実というのは、ほとぼりが冷めてから家の伝記として告白されることはありうることではなかろうかなとも思います。

    祐園尼≠直虎を確実にするのは、祐園尼とは別に直虎と思われる人物の墓標や位牌などが見つかることではなかろうかと思います。直虎が直盛の息子であるならば、どのような死に方をしようと必ず弔いの証が残ると思います。
    一方、関口氏の息子を無理やり押し込んだ当主であれば井伊家で弔われていない可能性もあるでしょうが。

    • 匿名
    • 2017年 2月 18日

    井伊直虎ってミステリアスですね。
    あの有名な直政の先代のはずなのに、なんで井伊家に信頼できる
    文献がないんでしょうか?
    当時の井伊家の人はみんな真相知っていたでしょうに、何にも残ってない
    ってもどかしいですね。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

書籍情報『戦国診察室』

アマゾンの戦国本ランキングで1位(一時)になった書籍『戦国診察室 お館様も忍びの衆も歴女医が診てあげる♪』
戦国診察室帯アリ450
税込価格1,728円(現在アマゾンでは各小売店様のプレミア価格で発売されてます)

配信先

武将ジャパンでは下記サイトへの記事配信を行っております。

日刊SPA!

シミルボン

facebook

本郷和人歴史キュレーション

東大の歴史研究第一人者、本郷和人教授が登場! 最先端の歴史を堪能しましょう

hongokazutoeye

コミック版『戦国ブギウギ』

当サイトで連載中の『戦国boogie-woogie』(アニィたかはし)がコミックで販売されます!!! 戦国ブギウギ表紙イメージB
ページ上部へ戻る