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鎌倉・室町時代 江戸時代

切腹が日本の歴史に定着したのはナゼ? 現代人のメンタリティに影響も?

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昔見た外国のB級映画で、ヤクザの屋敷に切腹ルームがありました。
親分は、手下が失敗するとそこで即座に腹を切らせてしまうのです。何もそんなくだらない理由で切腹しなくても、と苦笑したものですが、外国人から見たイメージとして「日本人はともかくしょっちゅう腹を切らせている」というものがあるのかとも思いました。

ハッキリ言ってこれは不快な感覚でした。
私たちの祖先がつまらない理由で切腹していたなんて思いたくもないし、外国人から指摘されるのも気まずいし、それがB級映画のけばけばしい世界観の中でとなると、奇妙な居心地の悪さを覚えたものです。

もちろん「馬鹿げた日本描写をしてら」と苦笑すれば済むことかもしれません。
が、一方で、「日本人はそんなにつまらない理由で腹を切っていたわけではない!」と自信を持って言い切れないんだよな……、という複雑な感情も抱いてしまいまして。

現代はともかく、昔は様々な理由で腹を切っていたわけです。
時代小説や歴史ドラマで見慣れていると感覚が麻痺してしまいますが、改めて考えると「なんでこんなことで切腹を?」と疑問に感じるかもしれません。

本日はこの不可思議な風習を振り返ってみましょう。

 

そもそもどうして腹を切るの?

言われてみればここから考えたくなるのが、この疑問です。
自殺ならいろいろな方法があるのに、なぜ、よりによって後始末も大変そうで苦痛も凄まじそうな、腹を切るなんて方法を選んだのか。

これは切腹を知った外国人が大抵抱く疑問だそうです。言われてみれば確かに「ホワーイ! ジャパニーズピーポー!」案件ですね。

切腹が武士の定番の自害手段となったのは鎌倉時代のようです(起源そのものは平安時代という説も)。
「鎌倉腹切りやぐら」なんていうものもありますな。勇敢であることを名誉とする武士にとっては、むしろ苦痛が大きい死に方であるからこそ評価となり、さらに「腹の内=誠意」を示す、ということで切腹という形式が定着したのではないか、というわけです。

時代が降ると、さらにエクストリーム化なんて書くと何ですが、過激化していきまして。
十文字に切る、はらわたをつかみだして投げる、叩きつけるといった行動が見られるようになります。難易度を競って加点をつける、まるで体操競技のような……。

知ってる?切腹のお作法と痛~い現実! 腹を切っただけでは壮絶に苦しみ、チョ~悲惨な末路が待っている

こうした切腹という風習をヨーロッパ人は知識としては知ってはおりました。
もちろん実演を見ることはありませんでしたが、幕末になり来日するようになると状況は一変します。

慶応4年(1868年)、フランス水兵を殺傷した罪で土佐藩士が切腹を申し渡されました。
このときフランス側も死刑執行を見に来ていたのですが、恨みをこめて腹を切り、はらわたをつかみ出す凄惨さに驚きました。20名が切腹予定だったところ、フランス側の犠牲者数と同じ11名が腹を切ったところで退出し、処刑を中止させたそうです(堺事件)。

こうした切腹を目にしたヨーロッパ人は、自らが体験した恐怖と驚異を広げていったのでしょう。それでは誤解するのも当然……と言いたいところではありますが、切腹について調べていくと私でも理不尽だな、と思えることもあるわけです。

堺事件を描いたルモンド・イリュストレ紙の挿絵/wikipediaより引用

堺事件は、生麦事件より生々しい? フランス人にハラワタ見せつけた土佐藩士の意地

 

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江戸時代を経て意味合いが激変

幕末の会津戦争の地獄絵図を見ていると、こう考えてしまうことはないでしょうか。
「どうして松平容保はさっさと切腹して、藩士の命を救わないの?」
戦国時代ですと、城主一人が切腹して味方の助命を嘆願するパターンがあります。豊臣秀吉の水攻めに遭った清水宗治等がそうですね。

ところが江戸期になると、殿が腹を切って皆を救うパターンは完全になくなり、幕末では誰もそうしなくなります。

徳川慶喜の家臣たちは何とかして慶喜の命を救おうとしました。長州征討では藩主の毛利敬親にかわり、三人の家老が切腹しました。幕末になると、戦国時代には美談であった「主君が腹を切る」という行為は武士にとって最大の屈辱であり、家臣たちは何としても回避せねばならないことだったわけです。徳川の治世二百六十年で、武士の忠義は完成し、自らを犠牲にしても絶対に主君を守ることが第一となっていました。

このように、切腹の意味は江戸時代にすっかり変わってしまいました。
戦国時代は、主君に命じられたからと言われて家臣が素直に腹を切るものでもなく、出奔したり、最悪、謀叛を起こしたりしたので、主君は心の底から家臣を成敗したい時は謀殺したり、自ら斬ったりしました。

ところが江戸時代になると、切腹の命令に反抗する者はいなくなります。
上の者が下の者に命じる、下の者が上の者に詫びるために腹を切るといったことが動機となったのです。

なぜ会津は長州を憎む? 降伏した若松城(鶴ケ城)と藩士たちが見た地獄

 

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喧嘩両成敗でも仕事のミスでも、汚名をそそぐためにも

それでは江戸時代、どんな動機で切腹したか?
例を挙げてみましょう。

追腹:恩義ある主君が亡くなった時に殉じること。小姓として寵愛を受けた家臣が殉死することも多かったようです。天和3年(1683年)に禁止へ

御家騒動:御家騒動で敗北したため

規則違反:『忠臣蔵』で有名となった浅野内匠頭長矩のように、殿中で刃傷事件を起こすといった重大な規則違反によるもの

抗議の意:残酷時代劇漫画『シグルイ』は序盤で、徳川忠長の暗君ぶりに抗議して陰腹を切る鳥居成次の姿をグロテスクに描き、読者にショックを与えました。なんで抗議するのに切腹をするのか? それも江戸時代の武士でした。「宝暦治水事件」では工事の過酷さに抗議するため、薩摩藩士51名が自害したと伝わります。ただし最近の研究では多すぎるとみなされているとか

喧嘩両成敗:理由がどうあれ、刃傷沙汰に及ぶような喧嘩を起こしてしまったら、斬り合って生き残った方は切腹が命じられました。また、町人相手に喧嘩をふっかけて不覚を取っても切腹させられることがありました。「辻斬り」のような一方的な町人殺傷は、加害者側も高リスクでした

違法行為:収賄や金銭横領のような行為に対する処罰

仕事のミス:ちょっとしたミスではなく、藩の財政に関わるような改革が失敗したため

汚名をそそぐため:新選組の原田左之助は、「腹の切り方も知らん奴だ」と馬鹿にされたため、その場で切腹をしようとして一命をとりとめたと伝わります。彼の場合は未遂で済みましたが、そうではない人もいたわけです

こうしてみてくると、結構切っているなあ、という気がしてきますね。

戦国期と比べて動機が軽いというか、「そんなことで死ななくても」というものが増えてきています。

 

切腹という解決法に潜む日本人独特のメンタリティ

以前、知り合いのドイツ人にこう言われたことがあります。

「日本人って不思議だ。身の潔白を証明するために自殺する人がいるんだって? ドイツ人なら、潔白を証明したいならむしろ生きて無実を証明するよ。死んだらかえってああ、後ろ暗いところを追及されたくないんだなと思われるし」

そのとき私が何と返事したかは思い出せないのですが、確かに日本人では事件に関わっていた人が自殺してしまうと、そこで幕引きとなるような、追及はやめようとなってしまう空気になりませんか。

切腹の事例を見ていて、この感覚はもしかすると江戸時代からなのか?と感じました。
財政改革に失敗した者に原因を分析させたり、改善策を検討させたり、そういうセカンドチャンスを与えないわけです。

喧嘩両成敗にしたって、なぜ喧嘩になるまで両人が争ったかということを分析しない。
当事者が切腹してしまえば、原因はわからずともとりあえず皆が納得できる。
かように人々の感情等を落ち着かせる、あるいは鎮静化させる役割はあるけれども、切腹というのは物事を理性的な解決から遠ざけてしまうのではないか、と思ったわけです。

日本人の特性として和を乱さない、空気を読むということがあげられます。
それは美徳です。
よく言えば「思いやり」とも言えるでしょう。

しかしその裏には、切腹によってトラブルのもとになった当事者を消してしまい、それで幕引きをはかる――つまりは真理、真相を追及しないという、あまりよろしくない特質もあったのではないか、と。
他の文化から見たら、「腹を切る」という行為そのものよりも、唯々諾々と従ってしまう心理状態や同調圧力が不思議なのかもしれません。

「ナゼなの? 組織にそうしろと言われたからって、アナタ、どうして従うの? 自分が正しいと言わないの? ホワイジャパニーズピーポー!」
というわけですね。

なかなか奥が深い問題かもしれません。

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小檜山青・記

 




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