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艦これブログ

第68隻 グアムまで甲標的 見にいってきた 【艦これブログ~オレの娘は不沈艦】

更新日:

 

また、DMM.com で謎ゲー(やり方がよくわからないゲーム、理解の範疇を超えているゲームのこと)が始まるそうです。その名も“しんけん!!”。

隕石とともに襲来した謎の妖怪軍団!
立ち向かえるのは名刀を手にした女子高生だけ!?
個性豊かな「真剣少女」たちを鍛え上げ討伐開始!
結束を高めて平和な日常を取り戻せ!

【制服JK × 日本刀】
技を磨き奥義を究めて一刀両断!
実在する名刀から幻の妖刀まで数多くの刀剣が登場する
新感覚ラインディフェンスゲーム!!

どうやら、日本刀を美少女化したゲームのようです。

それにしても、トップページ左端にいるおデブちゃんが気になって仕方がないのですが、彼女はなんのカタナなのでしょう。とりあえず怖いもの見たさで事前登録を済ませておきました。

 

ちなみに、俺提督は“大典太”という刀が大好きです。“天下五剣”のひとつで、足利将軍家と豊臣秀吉を経て、加賀前田家に伝えられています。

刀と言っても、これは平安期に作られた“太刀”で、刃を上にして“佩き”ます(後世の打ち刀は刃を下にして“差し”ます)。あと、刃が長く、反りが深いのも太刀の特長でしょうか(江戸時代に刃の長さ制限が設けられたので、後代の刀は短め)。なかでも大典太は短めで幅が広く、質実剛健といった感じですね。江戸時代の試し切りでは、3段に積んだ死体のうち、上2体を完全に切断、刃は3体目の背骨にまで達し、ようやく止まったとのことです。

さて、どんな美少女になるのやら――。

 

War in Pacific Museum で甲標的みてきた

さて、先週はお休みをいただき、グアムに行ってきました。円安直撃&日程がキツかったので十分とはいえませんが、ちょっとだけ“艦これ”の聖地巡礼もしてきました。

 

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それがここ、War in Pacific Museum(太平洋戦争博物館?)です。

 

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グアムは南北に長い島で、ホテルやビーチは西海岸に集中しています。ここを縦貫するのが“マリンコー・ドライブ(海兵隊通り?)”。目指す博物館は、ホテルの集中するタモンビーチから、この通りを南下しタムニン、ハガニア、アガナ、アサンと辿って海軍基地の手前、ピティというところにあります。タモンからは車で20分ほど。タクシーの交渉もしてみたのですが、レンタカーを借りるのがお得のようです。レンタルは日本の免許でOK、費用は保険料込で1日70ドル程度です。右側通行なので気を付けて!

 

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War in Pacific Museum は、マリンコー・ドライブ沿いにあります(南に向かって右手)。入り口にはでーんと日本海軍の“二人乗り潜水艦”が展示されています。これが多分“甲標的”ですね。なぜ「たぶん」かというと、説明文を写真に撮ったつもりがちゃんと記録されていなかったのでよくわかんないからです。こりゃ大失態。

 

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当時、魚雷の問題は「当てるのが難しい」ということでした。とにかく、魚雷は当たらない。当時の魚雷にはもちろんホーミングなどという技術もなく、転針もできません。狙い方は原始的で、相手の船の速さを「目視」で「推定」し、その進路へ扇形に複数の魚雷を放ち、どれかが当たってくれることを「祈る」というものでした。当たれば大打撃を与えられますが、当たらなければ意味がない。

そこで海軍は考えました。

――魚雷に人間が乗って、潜望鏡みながら操作すればよくね?

のちの人間魚雷「回天」ですね!

でもさすがに海軍も大戦初期は理性を保っていたので、そんな非人道的な兵器は作りませんでした。代わりに考案されたのがこの「甲標的」。2発の魚雷を装備した小型潜水艦で敵に肉薄攻撃を敢行し、命中させて帰ってくるというものです。外洋での航行能力は限定的ですので、艦隊決戦に随伴する母船で運んで出撃、攻撃が終われば改修せいてもらう仕組みです。「回天」よりはだいぶ乗組員のことも考えた人道的な兵器ですが、艦隊決戦で味方が敗れて母船がやられた時のことを全く考えていない辺りは「やっぱり帝国海軍だなー」って感じです。

「甲標的」はあまり実用的とは言えませんでした。たとえば、船体に対して魚雷の重量が大きすぎるので、魚雷を発射すると一気に軽くなり、水面にプクッと浮き出てしまいます。隠密性台無し。運動性もかなり劣っており、艦橋を水上に露出しないようにしながら潜水し、敵艦の位置を把握し、艦の向きをかえ、魚雷を発射・命中させるのは至難の業でした。結局、真珠湾攻撃での捕虜第一号は座礁した「甲標的」の乗組員でしたし、ここグアムをはじめ、数隻が捕獲されています。

それでも、いくつかの戦果は挙げたようで、まったく脅威でないとは言い切れないようです。とくにシドニー港を襲った甲標的は、その大胆不敵な作戦行動と勇敢さを評価されています。

 

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博物館そのものはそれほど大きくはなく、10分もあればぐるっと一周してこれます。けれど、それぞれの展示はかなり凝っていて、ビジュアルでわかりやすい。

 

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たとえばこの展示では、日本の侵攻とアメリカの反攻の経過が1日ごとに島の模型に示されます。アサンのビーチから米軍が上陸する様子、それを迎え撃つも、だんだん島の北東のジャングルに追い詰められていく日本軍の様子が手に取るようです。写真、地図だけでなく、映像コンテンツが充実しているのが印象的でした。

 

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展示の多くは英語のほか、日本語や現地のチャモロ語での翻訳も用意されていて、英語が苦手な人でも十分理解できると思います(もちろん、英語が読めるに越したことはないですが)。内容も割と公平で、どうせアメリカ軍の視点でしか展示してないのだろうと思っていたのがちょっと恥ずかしかったですね。この戦争で一番の被害者は、日本とアメリカの間で翻弄されたチャモロの人々だったでしょう。

ほかにも行きたいところはいっぱいあったのですが、チャモロ人の証言が載せられた冊子を読むのに時間を食ってしまい、結局ここだけしか見られなかったのが残念。レンタカーを借りたり、右側通行の道を運転するのも別に難しくないとわかったので、次に行く機会がいがあれば、もっといろんなところを見て回りたいですね!(島自体は丸一日あれば回れそうです)

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 

 




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