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【艦これブログ】第123隻 「第一水雷戦隊」北方ケ号作戦、再突入!

更新日:

 

今回は「阿武隈改二」と一緒に、任務「「第一水雷戦隊」北方再突入準備!」と「「第一水雷戦隊」北方ケ号作戦、再突入」を片づけちゃいます。

前回ちゃんと説明していませんでしたが、この任務は史実のキスカ島撤退作戦をモチーフにした任務です。

昭和17年6月、ミッドウェー作戦の陽動として行われた北方作戦で米国領キスカ島をゲットした日本軍でしたが、米軍の反攻により、次第に維持するのが困難になっていきました。ついに昭和18年5月には隣のアッツ島が攻撃を受け、守備隊が全滅。キスカ島にいる守備隊、陸海軍あわせて6,000名余は完全に孤立してしまいます。彼らの全滅も時間の問題です。

そこで北方を担当する第五艦隊(旗艦・那智さん)は、守備隊の撤退作戦を実施することにしました。作戦名は「乾坤一擲」を意味する「ケ号作戦」。これは日本軍が撤退するときに必ずつける作戦名なのだそうです。

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司令官は木村昌福少将。のちに礼号作戦も成功させた生粋の水雷屋で、トレードマークは顔面からはみ出したカイゼル髭が自慢でした。彼には面白いエピソードが満載なのですが、これはまたの機会にして、今回はキスカ島撤退作戦にフォーカスしましょう。

 

作戦成功のポイント

第五艦隊はまず潜水艦を使って極秘に救出作戦を行いましたが、いかんせん、潜水艦というのはたいした人数を載せられません。2回ほど作戦が実行され、前線への糧食・弾薬の補給と傷病兵の収容に成功しましたが、敵の対潜哨戒は厳重で、第1回輸送作戦で「伊二四」、第2回輸送作戦で「伊七」と「伊九」を失うなど、損害が多い割には成果はたいしたことがありません。

そこで、木村提督は考えました。

まずは、敵に知られずにキスカ島に近づき、一気に大量の兵を収容すること。これには「大発」などを備えた快速の巡洋艦・駆逐艦が適しています。また、キスカ島は濃霧が出やすいので、ぜひ活用したいところ。濃霧に紛れて敵の艦隊による追尾や、敵機の空襲を避けることができます。

次に、電探逆探を装備していること。濃霧で視界ゼロの中、いち早く敵の空襲を察知するにはぜひとも電探がほしいところ。当時小型艦艇で電探を装備していたのは、最新鋭かつテスト艦でもあった「島風」ぐらいでしたので、これが第一水雷戦隊に配属されます。木村提督にとっては心強い存在だったでしょう。

参加艦艇は、以下の通り。

軽巡 「阿武隈
駆逐艦 「島風」 「」 「朝雲(未実装)」 「薄雲(未実装)」 「夕雲」 「長波」 「秋雲」 「風雲(未実装)」 「若葉」 「初霜」 「五月雨」
海防艦 「国後」
補給船 「日本丸」

万が一肉眼で米軍に発見されても味方艦と誤認するように、「阿武隈」は3本煙突のうち1本を白く塗りつぶし、「響」に偽装煙突をつけたりしたそうです。

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前回の任務でそろえた 「若葉」 「初霜」 「五月雨」を除く艦隊を編成して、「「第一水雷戦隊」北方再突入準備!」をクリア。

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報酬は燃料200、弾薬200、高速修復剤3、そして家具箱(大)が一つ。

 

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作戦の経過

そして1943年6月29日、「ケ号作戦」が発動。艦隊はキスカ島へ向かいますが、作戦決行日は霧一つない、生憎の晴天。3日待ちましたが、濃霧が立ち込めることはありませんでした。そこで木村提督が発したのが、この有名な言葉。

「帰ろう、(無事に)帰ればまた来られるから」

手ぶらで帰れば叱責は免れないでしょう。しかし、木村提督は空襲の恐れを考え、撤退しました。ケ号作戦の前に参加したビスマルク海海戦で“ダンピールの悲劇”と呼ばれるほどの手痛い敗戦を喫し、自身も機銃掃射で左太もも、右肩、左腹部に貫通銃創を負った木村提督は、航空支援のない水雷戦隊の脆さ、悲惨さをイヤというほど味わっていたのです。

案の定、第五艦隊に戻った木村提督を待っていたのは非難の嵐でした。夏が終われば霧は出なくなり、米軍がやってきます。手持ちの燃料も払底しており、木村提督を督戦しようにも旗艦「那智」を動せず、第五艦隊司令部は軽巡「多摩」に乗らなければならなかったほどです。

しかし、二回目の出撃には神さまがほほ笑んでくれました。

霧が濃すぎて「国後」が「阿武隈」に衝突、混乱で「初霜」が「若葉」に、そのはずみで「若葉」が「長波」に接触するというピタゴラスイッチ事故を引き起こすほどでしたが、突入作戦は無事成功。大発は回収せずに自沈、陸軍兵士がもっていた菊のご紋入りの小銃もすべて捨てさせる(当時はご法度でした!)という徹底ぶりで、キスカ島守備隊員約5,200名をわずか55分という短時間で迅速に収容することができました。

途中、「島風」のレーダーに映った島を敵艦と間違えて砲撃&魚雷をかましてしまうという愉快な失敗もありましたが、木村提督の忍耐と決断が光った作戦だといえます(レーダー誤認による砲撃騒ぎは、迎え撃つ米軍側もやっていたのでお相子だよね!)。

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「第一水雷戦隊」北方ケ号作戦、再突入」はこの第二回目の出撃を再現する任務となります。

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一応うずしお(燃料喪失、電探で軽減可能)があるので、電探はあった方がいいでしょう。史実通り「島風」に装備しておくと雰囲気が出ます。

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あと、史実とは関係ありませんが、「阿武隈改二」には先制雷撃が可能な「甲標的」の装備がお勧め。軽巡程度までであれば一発で仕留められます。

あとは運です(ぁ

もし缶(回避向上)があるならば、駆逐艦に装備しておくと気休め程度にはなるかも。

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俺提督は大破撤退、ルート逸脱で2回失敗し、3回目でようやくボスを仕留めることができました。ちなみに、ボスには輸送艦がいるので「ろ号作戦」をとっておくと少しだけ任務が捗ります。

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ボーっとしててスクショを撮り忘れたのですが、報酬は弾薬400、ボーキサイト500、開発資材4、改修資材(ネジ)4。とくにネジの報酬はありがたい……マンスリー任務にならないかなぁ。

では、今回はこの辺りで。アディオス~

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 

 




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