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【艦これブログ】第171隻 「見てらんないったら!」 駆逐艦「霞」の戦い(前編)

投稿日:

 

「霞改二乙」の実装から幾星霜、やっとこさ改造可能レベルの 88 に到達しました! さっそく改造するやで。

艦これブログオレの娘は不沈艦20160204-2

とはいっても、グラフィックスはあまり変わりませんし(鉢巻+片足ニーソ≒大和水上特攻装備(?)になるけど)――

艦これブログオレの娘は不沈艦20160204-3

初期装備もナッシング! でも、

  • 対空値が 72 → 80
  • 大型電探が搭載可能に
  • 専用対空カットイン(高角砲+機銃+電探)が追加

などの要素が加わり、秋月型に準ずる対空性能になるのです(「別に、嬉しくもなんともないわ」)。 夜戦性能? それに触れちゃだめだ!(「みじめよね!」

とくに駆逐艦には搭載できなかった、スペックの高い大型電探が積めるのは、任務「「水上反撃部隊」突入せよ!」(駆逐艦を旗艦とした重巡1隻(航巡不可)軽巡1隻駆逐艦4隻からなる水上挺身部隊、沖ノ島沖に突入せよ!)なんかがちょっと楽になってうれしいかも。

そんなわけで、さっそく 2-5 へ行こうと思ったのですが、この任務、「ろ号作戦」をクリアしないと出てこないのですね……ちょっと執筆までに間に合わなかったので、代わりに今回は「霞」の戦績を軽く振り返ってみたいと思います。

 

あぁ、私の生まれについて?待ってなさい。今、整理してあげるから。

艦これブログオレの娘は不沈艦20160204-5

「霞」は1937年11月18日、「朝潮」姉妹の九女として浦賀で生まれ(進水)ました。

当初の名前は「朝雲」になる予定だったそうですが、途中で「霞」へ変更されています(「朝雲」は5番艦の名前に)。

ちなみに霞とは「遠くの景色がぼやけている・かすんでいる様子」なのだそうです。仙人の主食でもありますよね。幽玄な景色ではありますが、船乗りにとっては見通しの良くない、不安を呼ぶ名前だったかもしれませ。

事実、「霞」を待ち受けるのは過酷な運命でした。

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華の二水戦へ

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さて、無事浦賀で艤装を終えた「霞」は、末の妹「霰」(あられ、「ンチャ!」じゃないです!)とペアを組んで第18駆逐隊を編制。続いて、最新鋭・陽炎型の1番艦・2番艦の「陽炎」「不知火」が加入し、4隻体制に。所属先はもっとも最前線を張る第二艦隊・第二水雷戦隊になります。当時の二水戦番長、もとい旗艦は「那珂」ちゃんから「神通」さん(艦長は木村昌福大佐)にバトンタッチされたばかりでした。

かいつまんで言うと、入社していきなり飛び込み営業の部署に配属され、コワい上司の下で鉄砲玉をやらされることになったわけです(「鬼役の神通さんがいつまでも……ほら……ほらぁー!」)。

しかし、最前線部隊にいれば、それだけ華のある舞台に立てるというもの。開戦時は二水戦を少し離れ、第一水雷戦隊(旗艦「阿武隈」)に合流。南雲機動部隊の警戒隊として、真珠湾攻撃、ラバウル攻撃、ポートダーウィン攻撃、ジャワ南方機動作戦、セイロン沖海戦などに参加。破竹の勢いだった日本機動部隊を支えました。春、呉に帰って一息ついたところで、空母直衛を担う第十戦隊が編成されたのがきっかけで二水戦に戻ります。

しかし、6月、ミッドウェー海戦で日本艦隊は大敗北。「霞」は上陸部隊の護衛をしていたのですが上陸は果たせず、傷ついた「最上」「熊野」「鈴谷」(「三隈」は沈没)を護衛して帰ることになりました。

この辺りから「霞」の運は悪い方向へ転がっていきます。

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北方へ

ミッドウェー敗戦後、第18駆逐隊は北方を担当する第五艦隊(旗艦「那智」)に組み込まれ、アッツ島およびキスカ島の確保に注力することになりました。

しかし、北方はこれまでの南方とはまったく勝手の違う海です。もっとも恐ろしいのは、なんといってもミルクのような濃い霧でしょう。しかもこいつは気まぐれで、パッと晴れるときもあれば、一日中もやもやしていることもあります。

その日、第18駆逐隊(「陽炎」だけ別行動)は連日の作戦でくったくたでした。ミッドウェー以来、ロクな休養もとっていません。

そこで、司令宮坂義登大佐は兵士に休養を取らせてやろうと考えました。幸い、濃い霧が出ていて、敵の襲撃はなさそう。今日ぐらいは遅くまで寝かせてやろうと考えました(とはいえ、それでも朝の5時起床なのですが)。

しかし、運悪く、その日の霧はすぐキレイに晴れてしまいました。しかも、北方の海は、日の出が早い。午前3時、艦隊は気が付いたら晴れた海の上、群れてぐっすりと寝こけていたのです。

結果は――敵潜水艦の雷撃で「霰」が轟沈。僚艦の「霞」と「不知火」もクビがチョンパされるという重傷をうけました。

艦首が破断した「不知火」

艦首が破断した「不知火」

その場に居合わせなかった「陽炎」(その後、第15駆逐隊に編入)が輸送艦の護衛でキスカにやってきたとき目にしたのは、雷撃を受けて沈没した「日産丸」の残骸に隠れながら応急修理を続ける二人の姿でした。涙ぐましい。

この失敗で、生き残った「霞」と「不知火」は批判の矢面に立たされ、宮坂司令は割腹自殺(未遂)、駆逐隊は解体されてしまいます。

不知火「なんでしょうか。……不知火に落ち度でも?」 霞「用があるなら目を見て言いなさいな!」「だから何よ?」「はぁ!?それで逆ギレ?だらしないったら!」「ったく…どんな采配してんのよ…本っ当に迷惑だわ!」

まぁ、確かに司令にも落ち度はあるのですが、散々ブラック残業をさせられた挙句、ちょっとしたミスが大失態につながり、詰め腹を切らされるようなものです。上層部のマネジメントにも問題がある気がします。

結局、就役したばかりの夕雲型駆逐艦4番艦「長波」が救難資材と工員を乗せてきてくれたため、なんとか航行できる状態にまでには回復。「霞」は舞鶴で本格的な修理を受けることになります。

雌伏の時

さて、当時の舞鶴は野戦病院のような状態でした。10か月にも及ぶ入院期間中、病床を共にした患者たちはだいたいこんな感じ。

  • 陽炎型2番艦「不知火」:「霞」と一緒に事故にあう
  • 朝潮型2番艦「大潮」:バリ島沖海戦で損傷
  • 川内型軽巡洋艦3番艦「那珂」:クリスマス島攻略作戦で大破
  • 初春型駆逐艦1番艦「初春」:北方戦線で空襲を受け大破
  • 軽巡「龍田」
  • 軽巡「阿武隈」「多摩」
  • 夕雲型5番艦「巻波」:ガダルカナル島撤退作戦で損傷
  • 軽巡「名取」:米潜水艦トートグの雷撃で大破
  • 夕雲型4番艦「長波」:2週間だけの短期入院(盲腸かな?

加えて、秋月型駆逐艦4番艦「初月」、島風型駆逐艦「島風」、夕雲型駆逐艦5番艦「巻波」が建造中でした(「巻波」さん、建造されてすぐ帰ってきたんやな……)。いやぁ、テンテコマイだなぁ……。

しかし、病院で寝ている間にも、朝潮型2番艦「大潮」は輸送船団護衛中に雷撃を受け、「荒潮」に曳航される途中、船体が折れて沈没。続いて、ビスマルク海海戦で1番艦「朝潮」と4番艦「荒潮」が沈没。姉妹を次々と喪失し、「朝潮型」は「満潮型」と名前を改めなければなりませんでした。

工廠<ベッド>で悶々と日々を過ごす「霞」。しかし、退院した彼女を待ち受けていたのは、これまで以上に厳しい試練だったのです。

――ながくなったので、次回に続く(たぶん

 

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 

 




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