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【艦これブログ】第229隻 軽巡洋艦の歴史 / 強行高速輸送部隊を編成せよ!

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前回、「まだクリアしていない海域に進出するぜ」といったな。――あれは嘘だ。

というか、気が変わったので、まだ消化していない任務をやろうと思います。今回の主役は、俺提督の嫁のうちの一人「川内」ちゃんです。

「夜戦しよう!」

川内 (軽巡洋艦)/Wikipediaより引用

川内 (軽巡洋艦)/Wikipediaより引用

 

「川内」は、「球磨」型・「長良」型に続く5500トン型軽巡洋艦の最終型である「川内型」軽巡洋艦の1番艦です。

そもそも軽巡洋艦とは何でしょうか? まずは巡洋艦の歴史を少し紐解いてみましょう。

帆船の時代から、海軍の主力は戦艦(Battle ship)でした。数をそろえて艦隊を組み、その優れた火力で敵の艦隊を打ち砕きます。

しかし、海の戦争は何も派手な海戦だけで成り立っているわけではありません。艦隊から離れて敵を探す索敵や、索敵のあとの通報、艦隊間の通信も欠かしてはなりません。また、ときには輸送船を撃破して敵を日干しにする通商破壊、その逆の通商保護なども重要となるでしょう。要は、艦隊のサポート役が必要となったわけです。

そこで生まれたのが、巡洋艦(Cruiser)です。装甲をもたず、火力は戦艦に比べ貧弱ですが、速力に秀でているのが特徴。前述の役目に加え、大っぴらに動かせない戦艦に代わり、示威にも用いられました。

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幕末から明治維新の頃にかけてで言えば、「日進」、「金剛」(2,250t)あたりがそれにあたります(フリゲートやコルベットというのは大きさの違いによる呼称と思って差し支えないでしょう)。

少し時代が下ると、戦艦と巡洋艦の違いは以下のように整理されていきます。

  • 火力・装甲に秀で、比較的大型で鈍足の艦 → 戦艦
  • 小型で高速の艦 → 巡洋艦

巡洋艦の弱点は、火力に劣ること。そして装甲をもたないことです。そのため、戦艦には(ほとんど絶対に)勝てません。

とはいえ逃げるばかりと言えばそうではありません。なぜなら、敵国の巡洋艦と戦うのも巡洋艦の役割だからです。敵の巡洋艦よりも強い巡洋艦を!――そんな思いに駆り立てられて、巡洋艦は強化・肥大化されていきます。

装甲艦の時代になってまず現れたのは、防護巡洋艦( Protected cruiser)でした。これは水線付近の甲板の鉄板を厚くし防御甲板とした艦種で、戦艦の火砲の前ではたいした防御にはならなかったものの、「防護」のない巡洋艦に対しては優位に立てました。

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日本の艦で言えば、日清戦争で活躍した「吉野」(4,000t)がそれにあたります。

当時としては世界最速の軍艦で、イギリスからの回航委員には名参謀・秋山真之もいました。確かに優秀なんですけど、このような巡洋艦を主力にして、清の戦艦「鎮遠」「定遠」に立ち向かわなければいけなかった……というのが当時の日本の実力だったんですねぇ。

さて、巡洋艦カテゴリーでの競争はまだまだ続きます。次に現れたのは、「防護」ではなく、限定的ながら「装甲」を備えた装甲巡洋艦(Armored cruiser)です。装甲と言っても戦艦に比べると薄いのですが、巡洋艦同士の戦いならばかなり優位に立てます。

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日本で言えば、日露戦争で活躍した「出雲」(9,750t)が相当します。見た目はちょっと「川内」ちゃんに近くなってきた感じ(戦艦の代わりをさせられただけあって、サイズはデカい)。

この艦は「東郷艦隊」を助けたもう一つの艦隊「上村艦隊」の旗艦として、要所でシブい働きをしたことで有名。本当は第二艦隊の旗艦なのですから、型落ちの戦艦あたりを当てたいところですが、装甲「巡洋艦」で済ましてしまうのがまだまだ貧乏海軍って感じ。でも、足が速かったのは逆に功を奏したのかも?

また、この「出雲」の使われ方でもわかるように、戦艦と巡洋艦の区別がだんだんあいまいになってきたのもこの頃からのようです。装甲巡洋艦とは逆のアプローチで、速力を重視した戦艦=巡洋戦艦なんてものも出てきましたが、性格的には装甲巡洋艦とそれほど変わらなかったり。

そして、装甲巡洋艦のあとに現れたのが「川内」ちゃんたち軽装甲巡洋艦(Light Armoured Cruiser)、つまり軽巡洋艦です。

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第一次世界大戦後に建造された最初の軽巡は「天龍」(3,230t)でした。フフフ……怖いか?

なんか名前だけ見ると装甲巡洋艦よりも装甲が薄くなった気がしますが、そんなことはなく。装甲巡洋艦はまだ石炭で走っていたので、石炭庫を装甲代わりにするという裏技が使えたのですが、軽巡洋艦はボイラー+タービンで動くようになった関係でこれが難しくなり、舷側に軽度ながらフツーの装甲が施されています。

もう一つの特徴が、魚雷を備えていることです。魚雷の発明が画期的だったのは、ボート(魚雷艇)でも戦艦を倒せるようになったこと(※運がよければ)。さすがにボートでは戦艦に近づくのも難しいですが、快速の小型巡洋艦であれば度胸次第では肉薄が可能。夜戦ならばもうワンチャンって感じですね。そのため、軽巡洋艦には水雷の機能が付与されました(水雷巡洋艦)。

また、敵の水雷部隊の駆逐も、このクラスの船の重要な任務になってきます。国家財政を傾けてまで建造した虎の子の戦艦をボート後時に沈められたら痛いですからね。

そこで日本海軍では、水雷艇をやっつける駆逐艦を束ねて駆逐隊とし、その旗艦に軽巡を付けてお世話指揮させるのが一般になります。それが水雷戦隊です。水雷戦隊を指揮するには「天龍」型の3,000tでは少し小さいというので、5,500t級の軽巡が大正時代にかけて多く建造されました。おかげで偵察用の水上機も載せられるようになったよ!

一方、敵の巡洋艦の撃破に特化して拡大していったのが、重巡洋艦(Heavy cruiser)です。ワシントン条約以降は単に砲の大きさ(20.3cm)で区別するようになったのですが、ざっくり言って

  • 軽巡洋艦:ザコを駆逐するマン&(夜戦で)あわよくば戦艦を食うマン
  • 重巡洋艦:敵の巡洋艦と殴り合うマン

みたいな区別ですね。日本の重巡は「戦艦もやれたらやる」みたいに欲張って魚雷も積んでいたのですが(戦力差を埋めるためだからね、仕方ないね)、アメリカの重巡はそこら辺を割り切っていて魚雷を搭載していなかったのだそう。まぁ、魚雷は安い艦に乗せてこそ高い艦が食えておいしいわけだし、空襲をうけたら魚雷は誘爆したりして危ないですからねぇ。

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強行高速輸送部隊を編成せよ!

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前振りが長くなりすぎて、肝心の任務ができなくなった……編成任務だけやって終わりにしましょう。

強行高速輸送部隊を編成せよ!

「川内改二」旗艦、「江風改二」「時雨改二」他駆逐2隻による水雷戦隊を編成せよ!

日本の水雷戦隊は、「艦隊決戦の時にできるだけ(おカネを使わずに)相手の数を減らす」というのがコンセプトだったのですが、肝心の艦隊決戦が起こらなかったのと、輸送船をガバガバ沈められてどうしようもなくなったため、むしろ輸送部隊として活躍(涙)しました。

制空権のないなかでの輸送はカミカゼとなんら変わりなく、多くの艦艇が犠牲になったのは皆さんもご存じのとおりです。

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「川内改二」旗艦、「江風改二」「時雨改二」に、所縁の深そうな「萩風」「嵐」を足しておきました(彼女たちの紹介はまた今度!)。

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報酬は資源100/100/100/0に、開発資材x2、高速修復材x2でした。

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出撃任務はまた次回!

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 




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