日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

追儺式を報じる京都新聞HP

スポンサーリンク

歴史・戦国NEWS

鬼が乱舞する京都の節分の儀式「追儺式」とは

更新日:

今日2月3日は節分の日ですが、京都市左京区にある吉田神社では邪気や疫病の神を追放するという伝統行事「追儺式(ついなしき)」が節分前夜である2日に行なわれました。

この追儺式という行事は平安時代の宮中にて旧暦の大晦日に行なわれていた行事であり、1928年(昭和3年)に節分祭りの一環として吉田神社が復興したもので、別名「鬼やらい」とも呼ばれます。(下の動画は過去のもの)

 

京都新聞によれば、2日の午後6時にそれぞれ怒り・悲しみ・苦しみを表すとされている赤・青・黄色の3匹の鬼が金棒を振り回しながら本宮に現われると、疫病退散の力を持つといわれている「方相氏(ほうそうし)」が登場し、手にした矛と盾で鬼を追い詰めると、今年の年男が務める「上卿(しょうけい)」達が、桃の木で出来た弓で葦矢を放って、見事に鬼達を追い払い、今年1年の安寧を祈りました。

正義の味方がいつの間にか鬼になっちゃった 追儺の歴史

追儺は、もともと「論語」などにも記載のある中国の時節の変わり目に行われた行事です。
日本では中国・唐の仕組みを取り入れた飛鳥時代ごろに、朝廷の行事として取り入れられたと見られています。日本で最古の記録は続日本紀(日本書紀の次の国史)の慶雲三年(706)に、疫病が国中ではやり、人びとがたくさん死んだために追儺(大儺)を始めたとの記録があります。
奈良・平安時代の追儺と現代の節分の違いはまず時期の違い。
現代は旧暦での春分の日の頃にやります。つまり、農耕儀式になっています。
しかし、元祖は大みそかという年の区切りに行う儀礼的なものでした。つまり、古代の紅白歌合戦。

もう一つは「鬼」
もともとは、記事にもでてくる謎の「方相氏」という呪術を使う役割の人が人びとの先頭にたって邪気を追い払うものだったのですが、「方相氏」というのがお面をかぶっている妙なコスプレだったために、平安時代の終わりごろから、「方相氏」=鬼と勘違いされてしましました。正義の味方が悪になってしまうという、なんともかわいそす。これはつまり、古代の仮面ライダー(?)。
なお、豆をまくようになったのは、少なくとも室町時代には広がっていたようです。

スポンサーリンク

 京都各地で行われる追儺

追儺式を報じる京都新聞HP

追儺式を報じる京都新聞HP

吉田神社だけでなく、節分の日には京都の様々な神社で節分にちなんだ行事が数多く行なわれます。
京都市内では

北野天満宮・廬山寺・千本釈迦堂・狸谷山不動院・吉田神社・聖護院門跡・須賀神社・平安神宮・壬生寺・八坂神社・六波羅蜜寺・日向大神宮・平岡八幡宮・松尾大社・伏見稲荷・藤森神社で、

それぞれ豆まきや雅楽などの奉納が行なわれる他、京都府内にある向日神社・宝積寺・小倉神社・宇治神社・石清水八幡宮・鍬山神社でも豆まきなどが行なわれるということです。

節分行事は無料で気軽に参加出来るものが多いので、皆さんも厄落としと今年1年の無病息災を願って、よければ足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

スポンサーリンク

葉月美都(京都在住)

 

 




1位 西郷隆盛49年の生涯!


2位 ホントは熱い!徳川家康


3位 意外と優しい!? 織田信長さん


4位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


5位 毛利元就の中国制覇物語


6位 伊達政宗さんは史実も最高!


7位 最上義光 名将の証明


8位 最期は切ない豊臣秀吉


9位 史実の井伊直虎とは?


10位 もしも戦国武将がサッカー日本代表だったら?


武将ジャパン・TOPページへ戻る



-歴史・戦国NEWS
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.