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幕末・維新 歴史・戦国NEWS

坂本龍馬の手紙が【さまぁ~ずの番組】で新発見! 1000円が1500万円に!?

更新日:

渡辺みんなの党辞任表明のその日に、歴史ファンの心をぐっと掴んだ坂本龍馬の直筆の手紙新発見のニュース。しかも、暗殺直前、最後の手紙ということで衝撃が走った。

さらに驚いたのは、「発見」したのが、さまぁ~ずが司会をしているバラエティ番組「突撃あっとほーむ」だったことだ。サプライズと称して、なぜかダンスを披露すると、みんな泣くという謎の番組である(結構ファンだったりする)。

本日(4月12日)の放送で、その発見の経緯などが詳報された。

その内容をかいつまんで紹介すると・・・。

番組内の「ファミリートレジャーハンティング」という家族が持っているお宝を発掘するというコーナーで、谷中銀座で、たまたま、お笑いのバイきんぐが話しかけた女性が、泰優子さん。お父さんが変なものをたくさん集めている人だったらしい。
その中に「坂本龍馬の手紙がある」という。当然、泰さん本人含めて眉唾と思っており、爆笑。しかも、お父さんは1000円で購入したという。

ところが……。

高知の坂本龍馬記念館に持っていくと、「本物」というではないか。しかも、最後の手紙という驚きの情報も。

さらに番組スタッフは京都に権威を求めて、鑑定してもらったところ、個人の自筆文書としては最高と驚かれる始末。
その内容も、当時、江戸幕府を倒そうという人はたくさんいたが、さらに先。倒したあとのことを考えていた龍馬の視野の広さを示す内容というから、もう龍馬ファンならずとも、キュンキュンになってしまう。

下書きなのだが、それがかえって、龍馬の本音が込められていて、ダブルで貴重なのだ。この頃の人なら、メールの誤爆とかしないんだろうなぁ。

 

で、気になる評価額は1500万円!!!

まあ、むしろ安いんではないか。龍馬なら億出す人でも…ゴクリ

と、貧乏丸出しで見ていたところ、泰さんは男っぷり(女性です)を発揮して、これを高知の龍馬博物館に寄贈(預託?)されました。近く一般公開されるそうです。パチパチ

この手紙の原文、現代語訳、解説がNHKの番組HPに載っています。現代語訳を引用しますが、面白いので、ぜひ原文含めて読んでみて下さい。

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http://www.nhk.or.jp/athome/onair/20140412c01.html#letter

越前行きの記
十月二十八日福井に到着しました。奏者役(取り次ぎ役)の伴圭三郎が来たので(後藤から)預かった書簡(八月二十五日付松平春嶽宛て山内容堂書簡)を渡しました。直柔(私)の役名を問うので、海援隊惣官と答えました。
その日の夜、大目付村田巳三郎が来て、用向きを問うので、近頃の時勢などを申し上げその上で越前藩(春嶽侯)のご意見を伺い、およそ明白な国論を海外までも聞かせなければならないと考えていることを伝えました。さて、この度こそ私たちも御国論を伺うことを心から願っています。村巳(村田)が言うには、老主人(春嶽)の出京は来月(十一月)二日に決まったが、多忙なのでお目にかかれませんでした。しかし、前条お尋ねのこと(国論を伺いたい旨)は、拙者(村田)より申し上げます。そうなれば、老主人出京後、かれこれ手順もあるでしょうが、将軍家が政権をお返ししたとなれば、将軍の職も共にお返ししなければ、とてもご反省していると申しても天下の人心の折り合いが付きません、と福井藩では考えています、云々。翌二十九日奏者役伴圭三郎が来て、返書を受け取りました。

三十日朝、三岡八郎及び松平源太郎が来ました。但し、三八(三岡)に面会したい事は昨夕村巳に頼み置いたことです。三八は先年、罰を受けて幽閉されており、他国人に面会は堅く止められていたので、藩の政府の議論により、藩主側の中老が差し添えられました。それゆえに、三八が来た時、松平源を見て、「私は悪党ゆえ君側より番人が参りました」と言えば
松平源も共に笑っていました。それより近頃の京都情勢を前後残らず談論し、話し尽くしました。
深くお考えください。三八が言うには、将軍家が真に反省すれば、
どうして早く形を以て天下に示さないのだろうか。近年来幕府は失策ばかりで、その上言葉で言うだけでは、天下の人が皆信じないだろう云々。(行動で示せということ) これより国で用いる金銭の事を論じました。かつて春嶽侯が総裁職(政事総裁職=文久三年=一八六三年)だった時、三八自ら幕府勘定局の帳面を調べたところ、幕府の金の内情は、ただ銀座局ばかり(本来、金座・銅座・銭座などがあるが機能していないという意味か)で、気の毒がっていました。お聞き置きください。総じて金銀物産等の事を論ずるには、この三八を置いて他に人はいません。

十一月五日京都に帰り福岡参政(福岡孝弟)に春嶽侯の御返書を渡しました。
大よそ右のようなことです。謹言
直柔
後藤先生

近日、中根雪江(越前藩重臣)は、春嶽侯のお供。村田巳三郎は越前に残る。他の家老はかなりの者が京都へ出るとのことです。
再拝再拝




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