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あのノアの大洪水前に!? 博物館の所蔵品は6500年前の頭蓋骨だった

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「灯台もと暗し」とは良く言ったものですね。アメリカのフィラデルフィアに収蔵されていた頭蓋骨を再調査したところ、実は6500年前の出土だった事が判明し、話題となっています。

ポピュラー・アーケロジーが報じています(2014年8月5日付け)。

発見されたのは、ペン・ミュージアム。ペンシルバニア大学の考古学や人類学の収蔵品を展示してきました。創設は1887年と言いますから、由緒正しい博物館ですね。世界中の展示品が総勢300点もあるそうです。また、HPもあります( www.penn.museum)。

博物館によると、棺桶みたいな箱に85年間も入れられていたので、分からなかったようですね。関連する文書も、散逸してしまっていたのですが、今年夏を目処に過去の発掘で出土した事例をデジタル化するプロジェクトが立ち上がり、改めて再調査した所、実は…という事になったらしい。

6500年前の頭蓋骨

もんげー!メソポタミア文明の人だった!

さて、この頭蓋骨ですが、大英博物館と共同で、1929年から30年にかけて共同発掘チームが、現在のイラク南部にあるウルのサイトで発掘したもの。有名なメソポタミアの「王の墓」で見つかった出土品よりも約2000年も古かった事も判明しました。

大発見でんがな!

ペン・ミュージアムの人類学の実物展示担当キュレーターのジャネット・モンゲ博士によると、生前は筋骨隆々の50歳か、それ以上の年齢の男性だった事が推定できるそうです。背の高さは5フィート8インチから10インチだったろうとの事です。

出土した時代はウバイド文化時代。紀元前5500年から4000年の頃に栄えた先史文化。調査を率いたレオナルド・ウーリー卿によると、洪水によって土に覆われた、約50フィート地下にあった48基の墓から、たった1つだけ良好な状態で見つかったのだそうです。
つまり、とてつもなくレアな出土品だったのですね。骨と土をワックスでコーティングした後、ロンドンに送り出し、その後フィラデルフィアに送られたという次第。ウーリー卿の時代には無かった最新の科学技術で、この必ずしも人口が多くなかったウバイド文化の人達の体重や共通する祖先や、疾病やストレスなどについて新たに分かるかもしれないとしています。

ウバイド文化の範囲(Wikipediaより)

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日本でも所蔵品の再調査・再評価が望まれる

モンゲ博士は、博物館のコレクションに2000もの頭蓋骨がある事を前から知っていました。キュレーターとして長年働く身として、出土箇所などやIDナンバーが振られていない木の箱があるのを不思議に思っていました。

事態が進展したのが2012年。上記のデジタル化構想が立ち上がったからです。対象となるのは、1922年から34年のウルの発掘記録。プロジェクトは Ur of the Chaldees: A Virtual Vision of Woolley’s Excavationsと名付けられました。当時、発掘に資金援助してくれたレオン・レヴィー財団が、再びお金の面倒をみてくれたそうです。

このデジタル化プロジェクトのマネジャーを務めるウィリアム・ハフフォード博士や、ミュージアムの近東セクションの展示担当副キュレーターのリチャード・ゼットラー博士、それにバビロニアンセクション担当の副キュレーターのスティーブ・タイニー博士らによると、博物館には数千もの関連文書があり、それらをデジタル化したとの事です。

当時の発掘の様子

当時の発掘の様子

で、それらを精査している内に、リストの中にペン・ミュージアムに送られたとされる所蔵品があった事に気づきました。当時、発掘された品々の半数は、建国間も無いイラクに残され、後の半分がロンドンとフィラデルフィアに、それぞれ2分されていたのでした。第8回目の発掘となったのが、1929年から30年。その出土品で、ミュージアムに送られたのが、上記の頭蓋骨と洪水の泥の中からのトレーだったと知り、驚かされたそうです。

1990年に行われた追加調査では、31-17-404と分類された頭蓋骨が「洪水発生前」の代物で、広げられた状態で見つかったものの、「説明不能」とされていました。

ところが、今回の調査で、ウーリー卿が苦心して無傷のウバイド期の頭蓋骨を発掘し、木やワックスでカバーし、黄麻布の包帯をかけて送り出していた事が判明しました。当時撮影された写真も出てきたそうです。モンゲ博士によると、地下に収蔵された頭蓋骨に記録は無く、箱の中身は謎とされてきました。そして今回開けられて、ウーリー卿の記録と照合して、ようやく正体が明らかになったと言う訳です。

発掘当時の写真

発掘当時の写真

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ノアの大洪水の発祥地に住んでいた人かもしれない

ウーリー卿は王の墓を発掘後、地下40フィート付近で、水で洗われた綺麗なシルト粒子の層に突き当たりました。今日では「洪水の層」と呼ばれています。出土しても、この層までだろうと考えられたものの、ウーリー卿は、念のためか更に掘り進んだそうです。その結果、10フィート下に、もう1つの文化を示す出土品がありました。

海面よりも下の地層から、ウルの源となる小さな島が、沼地の中にあった事が分かりました。大洪水が、その島を襲いましたが、何人かは生き続け、今日ウルとして知られる場で活動していきました。

察しの良い読者の皆様はお気づきでしょう。この大きな洪水が伝説の発祥となった可能性があるのです。御存知の通り、シュメール(今の南イラク)で最初の大きな洪水の物語が記録されていますし、数千年後に記録された聖書の洪水の先駆けとなったとされているからです。

ペン・ミュージアムの頭蓋骨は、10個の陶器と共に埋葬されていました。深い沈泥の中から見つかっています。つまり、洪水時代の後に生まれ育ち、シルト粒子の層まで死没後に埋められたのです。博物館の調査員は、この頭蓋骨を「ノア」と名付けました。ハッフォード博士は、ノアの故事の基となった、洪水を生き残った男としてギルガメッシュ叙事詩に名前が出てくるウトナピシュティムの伝説は、案外本当だったのかもしれないと見ているそうです。

こうして見ると、キチンと自分の足元を調べ直して見る必要はあるのかなぁという気が。だって、これほど凄い展開になるんですからね!

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