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イギリス 歴史・戦国NEWS

戦場に散ったイングランド王リチャード3世の壮絶な死因が判明

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イギリスのリチャード3世というと、シェークスピアの戯曲でおなじみです。(すみませんインテリぶりましたよく知りません)

ともかくイギリス人にとっては、源頼朝くらい(たぶん)有名なようです。

リチャード3世(Wikipedia)

一昨年の2012年、そのリチャード3世の骨が発掘されて話題になったのですが、今度はその骨を分析したところ、

うつぶせに地面に押しつけられて、頭を刀で串刺しにされて殺されていた

ことが判明しました。AFP通信が伝えています。ガクブル

リチャード3世は、1485年8月22日にイギリスのイングランド中部にあるレスターシャー州で展開された「ボズワースの戦い」で戦死しました。ボズワースって、実在していたんですね。

ボズワースの戦い(Wikipediaより)

シェークスピアは、リチャード3世をせむし男で卑怯な人物と描いていますが、戦死した時は32歳の若い勇者だったようです。リチャード3世はこの戦いでヨーク朝に幕をおろし、かわってフランスから来たチューダー朝がイングランド王となります。そして、歴史的な敗者がゆがめられるというおきまりパターンとなったようです。

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ちなみにシェークスピアはチューダー朝の絶頂期と呼ばれるエリザベス1世の治世で活躍した戯曲家です。つまり御用が…ゴホゴホ

 

 




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