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ベーブ・ルース(Wikipediaより)

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ベーブ・ルースとヤンキースの契約交渉文書がオークションへ

更新日:

 

マー君やイチローの大先輩に当たる存在と言えば、あのベーブ・ルース。そのルースのヤンキースとの契約交渉文書が、近くオークションにかけられるのですって。

モノがモノだけに、100万ドルの値が付くかもしれないとの事。ドッカーンと、没後も大ホームラン?

tmz.comが特ダネとして報じています(2014年9月22日付け)。

ベーブ・ルース(Wikipediaより)

ベーブ・ルース(Wikipediaより)

 

 もちろん本名で直筆サインあり

さて、この交渉文書の日付は1922年3月10日付け。今から92年も前なのですね。本名の「ジョージ・ハーマン・ルース」(George Herman Ruth)でサインされています。当たり前ですね」(苦笑)。

競売にかけるのはゴールディン・オークションズ。野球に関するお宝のオークションをやる業者として知られているそうです。サイトの方でも、誇らしげに紹介していますので引用してみましょう。

3年契約で、当時のアメリカンリーグで最高額の1シーズン5万2000ドルを貰う事で合意していた

そうです。

もっとも、これには各種の条件は付いていました。ユニフォームの管理費には30ドル払わされましたし、ヤンキースと契約中は、他のスポーツ(つまりゴルフとか)はしたら駄目だったのですって。

 

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「酒ダメ絶対」と釘を刺される 禁酒法時代なので

中でも笑えるのが、次の下りでしょうか。「アルコールは絶対駄目。契約した3年間の各シーズンはトレーニング期間ならびに試合のある期間は夜1時以降は酒を飲んではならない。監督の許可や合意が無い限り、他の日も同様とする」。

よっぽど、酒好きやってんなぁ…ちゅーか、当時は禁酒法時代(1920年制定)やんか!

ちなみに、ベーブ・ルースは1919年のオフシーズンにレッドソックスから金銭トレードされています。これ以後、レッドソックスは勝てなくなり、いわゆる「バンビーノの呪い」と言われるようになりますが、まぁそれはさておき。つまり、3年目でこういう釘を刺されるぐらいな野球生活だったんですね。

実際、ウィキペディアの日本語版には、1921年から22年にかけてのエピソードとして、次のような下りが。

ワールドシリーズ終了後、ルースは地方巡業に参加したのだが、当時はシリーズ出場選手がオフに商業試合への出場が禁止されていた。選手が勝手に「ワールドシリーズの再戦」と題した試合をオフに組むことで、シリーズ自体の商品価値を下げないようにするのがルールの目的であった。これを受け、当時のコミッショナー、ケネソー・ランディスはルースを1922年シーズンの最初の6週間を出場停止とした。

 

なお、この年にルースはコロンビア大学に打撃に関する研究のため招かれた。その結果、研究者はルースが最も強打できるコースは外角ひざ上の高さであることを発見した。さらに、完璧な打撃をした場合のスイングスピードは秒速34メートルで、ボールの飛距離は140から150メートルにまで達するということがわかった。また、異なるサイズの小さな穴に棒を差し込んでいくことで根気を調べる臨床試験では、ルースは500人の被験者中最高位を示した。他にも、ルースの目は暗室で点灯する電球に対して常人よりも20ミリ秒早く反応するなど、いずれも超人的な計測結果を記録した。このことをチームメートのジョー・デュガンは「ルースは普通に生まれたんじゃない。奴は木から落っこちて来たのさ」と表現している。

 

1922年5月20日に処分が解けたルースは、ヤンキースのキャプテンに就任する。しかし、その5日後に、審判に泥を投げて退場処分を受け、更には観客と乱闘をするという醜態を晒したために、キャプテン職は剥奪された。同年、ルースは110試合に出場し、打率.315、35本塁打、99打点を記録する。この年もヤンキースはワールドシリーズに出場し、再度ニューヨーク・ジャイアンツと戦うが、またもチームは敗退。ジャイアンツの監督ジョン・マグローは自チームの投手に「ルースにはカーブしか投げるな」と伝え、これが功を奏してルースは17打席でわずか2安打という大スランプでシリーズを終えた。

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 出品は10月6日 金持ちたちよ急げ!

そりゃあ、釘も刺すわなぁ(苦笑)。そういう意味でも歴史を語る?

貴重なこの契約書は10月6日に出品されるそうです。さぁ、誰の手に? マー君、どうですか??
南如水・記

◇禁酒法時代のエントリー

「80年前に廃止されたアメリカの悪法「禁酒法」がハイボールを産んだ?!」

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