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90年前の元祖ヘリコプターは今ブームのドローンそっくりだった

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昨日(2014年10月29日)、アメリカで民間が打ち上げようとした宇宙貨物ロケット「アンタレス」が大火災を起こした際、NASAはツイッターで、次のような声明を発表していました。

「ロケットの打ち上げは信じられないほど難しく、打ち上げるたびに我々は学んで教訓としている。本日の打ち上げの試みの失敗は、アメリカの海岸から国際宇宙ステーションへの貨物船を打ち上げる我々の既存の能力を更に拡大したいとする我々の作業を挫けさせる事とはならない」(意訳)。

「何事もトライ&エラーは付きものなんですわ」と言いたいのでしょうね。さて、今から90年近く前に、宇宙ではなく大空へのトライ&エラーがありました。その証拠写真が発掘され、話題になっています。アメリカのディフェンス・ワンというサイトが紹介しています(2014年10月28日付け)。

 ロシア革命で米に亡命のエンジニアが開発

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これが当時作られたヘリコプター。1927年に、ジョージ・デ・バーザダットというロシア生まれの、革命によりアメリカに亡命してきたエンジニアが、今日なお有名なポピュラー・サイエンス誌のインタビューに対し、「ヘリコプターは、ライト兄弟の初飛行のちょうど少し後のような状態だ」と答えています。つまり「間もなく飛躍する」と言いたかったのでしょう。

実際、ライト兄弟の初飛行が数百メートル単位でしかなかったように、バーザダットの飛行も地面から少し浮いただけのものでした。

そんなバーザダットに着目したのがアメリカ軍部。陸軍航空隊はサイエンス誌のインタビューに先立つこと8年(つまり1921年)、当時の金で2万ドルを投じて研究させたのです。これは、今の貨幣価値に換算して280万ドルだったそうですから、馬鹿にならない額ですね。

契約に際し、陸軍側が出した条件は「ヘリコプターの設計と製作、飛行テストを必ず監督する事」という、真っ当というか、妙に緩いしろもの。年間1万ドルのボーナスも就いたそうですから、大恐慌時代前のノンビリした時代を反映していますね。ちなみに、7ヶ月かけて300フィートまで上昇する事に成功したそうです。つまり100メートルぐらいの高さまで上がれるようになっていたのですから、そこそこの成果は出していた訳です。

 

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 現代、ブームになっている無人小型ヘリにソックリ!

さて、上記のヘリコプターのご先祖様ですが、どこかで見たような格好ですよね。そう、今の無人小型ヘリにソックリ。

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例えば、これはWalkera社のQR X350 GPSファントムRCドローンベーシックバージョン。良く似てますでしょ? コンセプトとして間違っていなかったって事なのですね。なお、こういうのを、当時はクァッドコプターと呼んでいました。クアッドは「4つ」の意味。

バーザダットのヘリには、65フィートの長さのプロペラが4台設置されました。初飛行は1922年12月。乗員は1人だけでしたが、約3分間ホバリングまで出来たそうですから、一応は答えを出した格好でした。

ところが、その後アメリカ陸軍は、このプロジェクトに興味を失い、バーザダットへの資金援助を打ち切ってしまいます。当時はオートジャイロの方が運用的にも簡単そうなので、そちらにシフトしたようですね(ウィキペディア英語版のバーザダットのページより)。

 

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 結局、今のようなヘリコプターが採用されました

結局、今日のようなヘリコプターの原型を考案したのはイゴール・シコルスキー。バーザダットと同じく、ロシア革命で亡命してきたエンジニアでした。これがシコルスキーの考案したヘリ。ウィキペディアの英語版から引用させて頂きます。

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バーザダットのヘリ初飛行から、約20年後の話でした。

なお、本人は多才な人物だったようで、工業用の送風機を作る会社を設立したり、映画の特殊効果作りに携わったり(実際に1927年に公開されています)、果てはアインシュタインの特殊相対性理論に論争を吹っかけたりしています。ヘリコプターの方もあきらめずに1938年に会社を設立してSV-2という機種を制作し、もう1度トライしたものの、結局大破する結末となりました。それで失意を抱いたのかどうかは不明ですが、2年後の1940年にこの世を去っています。享年57(以上、ウィキペディア英語版より)。

もっとも、ディフェンス・ワンでは「今日、バーザダットの設計したようなクァッドコプターは、あるテクノロジーの分野で日の出の勢いとなっている。人を空に送り出す代わりに、無人飛行機のスタンダードになったのだ。彼が約1世紀前に考案したコンセプトを小さなバージョンにして、無線操縦する世の中になったのである」と記事を結んでいます。今頃は草葉の陰でバーザダットも喜んでいるのではないでしょうか?

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南如水・記

 




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