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歴史・戦国NEWS

北欧のバルト海を駆け巡った中世の船がバルト3国の遊園地跡で発見

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エストニア共和国の首都であるタリンで、中世の船の残骸2隻が出土しました。全く予期していなかったので、地元の考古学関係者は驚き、かつ喜んでいるそうです。

リベラ・マヤ・ニュースというサイトが報じています(2015年6月13日付け)。

Wikipediaより

サイトから引用させて頂きます。保存状態がかなり良いですね。

400年〰700年前の船が複数

タリンはバルト海に面した港町。そこで、新しいアパートを建設する工事をしていた所、基礎部分を地均ししようと掘っていたところ「何か変なものが埋まっているぞ」と関係者が気づいたのが、そもそものきっかけ。

「地面を掘り続けると、何か巨大な木材の破片を見つけたのです。これは面白いものなのかもしれない」と、開発業者のメトロ・キャピタル社の広報担当を務めるアイン・キビッサール氏は話しています。

同社が国立文化遺産委員会に連絡したところ、委員を派遣して調査。約400年から700年ぐらい前の船が2隻から3隻あるのだろうと推定したそうです。

で、お約束の展開が(苦笑)。以来、建設作業は中止されているそうです。キャピタルはん、面白なんて言うてたらあきませんがな。

1隻目が出土したので、地中レーダーを使って付近を調べた所、更に複数の船が見つかりそうなのだとか。作業は入念かつ慎重に行われているのですって。

「現在、2隻の船の残骸がある事までは分かりました。ですが、他にあるかどうかは今後の発掘を待たねばなりません」と文化委員会のマリ・ロイオ氏は話しています。

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「当時の船の建造方法の解明へ」

考古学者のプリット・ラヒ氏は、今回の発見は重要だと発言しています。当時の船の建造方法は詳しく分かっておらず、解明への道筋を開く事になるかもしれないからです。

「当時の造船関係者は独自の方法で建造していたようです。全く科学的なやり方ではありませんでした。今日の設計図に当たる図面すら作らなかったようなのです」とAP通信の取材に答えています。

現時点では、1隻だけが写真のように完全出土しています。全長15メートル、幅4メートルである事が分かっています。

なお、スプートニクニュースというサイトによると、この建設現場は、元々アミューズメント・パークが建っていたそうで、それを解体してアパートにする予定だったとの事です。この際だから、船を現場保存して、古代をテーマにしたアミューズメント・パークを作ってみたらどうでしょうか?

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