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氷の王国?!鎌倉時代に北極圏近くのシベリアで少年のミイラが見つかる

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北極圏に近いロシアのシベリアで、子供かティーンエイジャーぐらいのミイラが出土し、この地に12世紀から13世紀にかけて文明があった証拠だとして、関係者が大興奮状態なんだそうです。

シベリアン・タイムズ(2015年7月3日付け)が報じています。

樹皮と銅で覆われて埋葬された少年

発掘されたのはサレハルドという街の近くにあるゼレニー・ヤールという場所。古代ペルシャと関係がある遺跡がある所として、地元では知られていました。遺体は銅で出来たシートで覆われ、樺の皮が覆っていた状態で埋葬されていました。サイトから写真を引用します。

 

ただ、永久凍土の近くの層で見つかっており、意図してミイラとして埋葬したものではなく、シベリアで見つかるマンモスのミイラと同様に冷凍によりミイラ化したと考えられています。

考古学者らは、12世紀から13世紀にかけての子供とティーンエイジャーぐらいの年齢だろうと推定しています。

2002年からゼレニー・ヤールでは発掘が進められており、この地がペルシャと繋がりのある文明のあった地である事を示す証拠が見つかっていました。

北極圏調査研究センターのフェローを務めるアレクサンデル・グスエフ氏は「同僚と相談の上、全容を把握する為の更なる調査を進める事を決めた。このミイラは今まで見つかっていなかったからね」と話しています。

ミイラの大きさは身長1メートル30センチ。横幅は30センチでした。保存状態は良く、現在はシェメボスキー博物館の冷凍庫に収蔵され、今後の調査を待っています。サイトの写真を引用させて頂きます。

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シベリアの奥地なのに赤い髪の男も

調査には人類学者のエフゲニーヤ・シャトヴァ氏も参加し、埋葬されたミイラの部族がどこから来たのかを解明したいとしています。

グスエフ氏によると、自然環境がミイラ化を手伝ったとしています。遺体は永久凍土のすぐ上にありましたので、寒さが遺体を包む格好だったようです。

これまでの調査で、他にも34箇所の墓地の跡を発見しており、そこから11人の遺体を見つけていましたが、粉々になってしまっていたり、頭蓋骨が無かったりする状態でした。そこに、このような保存状況の良い遺体が見つかった訳ですから、関係者にとってはうれしい驚きだったのでしょう。

なお、他にも銅で覆われた遺体が5体見つかっています。それらもミイラ化していたそうですが、トナカイやビーバー、クズリ(イタチの一種)や熊の皮で覆われていたそうです。いずれも、子供や少女だったと考えられています。銅の板で顔を覆われていた遺体もあったそうですから、呪術的な意味合いもあったのでしょう。ちなみに、大人の女性の遺体は見つからなかったそうです。
また、赤ちゃんに銅のマスクを被せたミイラ状態の遺体が3体見つかっています。いずれも男の子だそうです。

この他、シベリアの奥地なのに、赤い髪の毛の男性の遺体も何故か見つかっています。胸元から足元にかけて銅の板に覆われていました。数センチ大の4ないし5つの銅の輪も見つかっています。 熊を象った青銅の頭に巻くバックルや、鉄の手斧、毛皮なども出土していました。

サイトより写真を引用させて頂きます。確かに赤みがかっていますね。

非常に保存状態が良い事が分かります。こうした遺体は全て地元のゴルニー・ポルイー川に足を向けていたそうです。何らかの宗教的な意味合いがあるのだろうと推定されています。当時の宗教祭礼については良く分かっていない事が多く、今後の調査での解明が待たれます。

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遙か3700マイル先のペルシャと交流が

さて、こうした青銅器は、南西に約3700マイルも離れたペルシャ(イラン)に起源を持つモノとのことです。10世紀から11世紀にかけて作られたものだろうと推定されています。当時の交通事情を考えれば、気が遠くなるような距離ですよね。埋葬された遺体の1つは、年輪から1282年という日時が特定できています。他の埋葬者は、更に古いだろうと、発掘関係者は推定しています。

それにしても、凄い発見ですね。永久凍土の成せる業と言えましょうか。サイトより写真を引用させて頂きます。非常に保存状態が良い!

奇跡的というか、永久凍土層にありながら、埋葬地の周辺は砂で覆われていたそうです。そして銅を使った事で酸化が防がれたのも大きかったようです。この他、14世紀に地域の温度が下がっていた事も保存の良さに影響を与えていた模様です。

ロシア科学アカデミーウラル支部のナタリア・フィドロヴァ氏は、「永久凍土や沼地以外の条件が重なり、ここまで多くのミイラ化した遺体が見つかっています。世界的にも他に例がありません。考古学的にもユニークな遺跡でしょう。我々は砂地から様々な発掘をして更なる調査をするパイオニアです」と話しています。

地元では、この地はトナカイの多く住む場所であり「地上の最果て」と言う向きもあったそうです。鉱物資源は豊富な所だそうですが、土を掘ると、今後も色々と役得がありそうですね(笑)。

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