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千年に一度は日本だけじゃない!1650年前の地中海で東日本大震災級の巨大地震と津波が発生していた

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日本人にとって2011年3月11日は永久に忘れられない1日となっていますが、地中海周辺に住む人にとっても覚えておく日があります。紀元365年7月21日がそれです。この日、超巨大地震がクレタ島付近で発生し、エジプトのアレキサンドリアからスペインまで津波が到達する悲劇があったのです。

それから1650年を経た事を記念して、ニュー・ヒストリアンというサイトが特集を組んでいました(2015年7月20日付け)。

サイトより写真を引用させて頂きます。こうした廃墟は、必ずしも戦乱で破壊された訳では無いのですね。

東西に分かれたばかりのローマ帝国の没落を促進か

震源地はクレタ島の東海岸。地震の専門家は、マグニチュード8.0から8.5の間だっただろうと推定しています。

被害は地中海岸じゅうに波及しました。エジプト、ギリシャ、キプロス島、シシリー島、スペインにまで津波が到達し、当時の東西に分裂して30年しか経っていなかったローマ帝国の没落を早めたと歴史家は考えているそうです。

クレタ島には人口が密集していたのですが、大地が数秒間で10メートルも隆起してしまいました。ほぼ全ての島内の街が壊滅してしまっていたそうです。科学者は地理データなどから、地震と津波はクレタ島下の沈み込み帯とよばれる場所で断層が滑ったのが発生原因だろうと推測しています。

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2001年に「発見」された大地震津波

2001年にスターディス・C・スティロスという方がジャーナル・オブ・ストラクチュラル・ジオロジーという専門誌に寄稿。歴史的な証拠や考古学研究データから、4世紀から6世紀にかけて東地中海では「尋常で無い破壊的な地震が相次いで起きていた」と論じています。東日本大震災と同様に岩盤の海溝への沈み込みが活性化した事が原因かもしれないそうです。

ナイル川の河口では、この時の津波の目撃証拠が残っているそうです。多くの小村落が破壊され、村人達が後世に伝えていきました。アレキサンドリアも大きな被害を受けました。歴史家のアンミアヌス・マルケリヌス(325年/330年 - 391年=ウィキペディア日本語版より)は、次のように記しています

「…硬い大地が揺れ、激しく震動した。波は沖合に引き、海が彼方となった。海の底が見えたほどだ。多くの海の生き物がクネクネしていた…。やがて波が戻って来て、数千人を呑み込み、溺死させてしまったのである」

この時の津波で、アレキサンドリアだけで5000人が溺死し、5万軒の家屋が破壊されました。郊外のナイル河口は、潮水に浸ってしまって農地としては数年間使い物にならなかったそうです。地中海に面した港町は、アレキサンドリアと同じ運命を辿りました。西キプロスやリビア、シシリーのローマ帝国の入植地も壊滅してしまいました。

なお、アレキサンドリアの当時の町並みが1995年に発掘され、考古学者らを驚かせたそうです。忘れ去られた悲劇にしてはいけませんね。東日本大震災も、何百年か後には考古学者らを驚かせることがあるのでしょうか。

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