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KULTEPE/KANIS-KARUM OREN YERINDE SUREN KAZI CALISMALARINDA 4 BIN YILLIK ESERLER ORTAYA CIKARILDI. KAZIYI YURUTEN PROF DR FIKRI KULAKOGLU KAZILARIN BU YILDA DEVAM EDECEGINI SOYLEDI FOTO DHA FARUK CUHADAROGLU / KAYSERI DHA)

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「姑がキツイ!あなた何とかして!」トルコで4000年前の石板が発掘。その中身が発言小町すぎる件

更新日:

トルコのアナトリア高原中心部にあるカイセリ郡で、約4000年前の石板が発掘されました。その中身を読み込むと、当時の女性による子供の養子縁組についての苦情や、姑への不満が記されていたそうです。

現代の日本でこうした愚痴は発言小町などのネット上で行われていますが、こんな昔から、そんな制度や生々しい話があったんですね〜。地元のハリエット・デイリーニュースが驚きながら紹介していました(2015年7月17日付け)。

青銅器時代に女性の権利が確立?

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サイトより写真を引用させて頂きます。発見されたのはクルテペ・カニス・カルムという場所で、当時の交易地だったそうです。青銅器時代に入植が始まったらしい。

ご覧の通り広大な遺跡ですので、発掘は1948年から始められていました。そうしたら、アナトリア史上で最大の記念碑的な遺跡が見つかりました。それが今回の石板だった訳です。何しろ、当時から文字が商人のレベルで使われていたというのですから、そう形容したくなるのも無理からぬ事ですね。

まず、2013年に赤ちゃんをあやすオモチャが出土。そして昨年になって石板が出土しました。この石板には、ロバの販売について書かれていたそうです。元祖契約書類って感じでしょうか?

2015年7月に発掘が再開。アンカラ大学のフィクリ・クラクコグル教授は、地元のドーガン通信社の取材に対し、この遺跡から出土した石板から、当時の商業の様子が分かるだけでなく、生活していた人達の様子まで分かるので、非常に貴重な発見だと話していました。

教授が驚いたのは、当時の女性の置かれていた状況が分かった事。「子供の養子縁組や、誕生日に合わせての結婚など、4000年前のアナトリアの市民の社会生活などが分かったからです。ある女性が夫に宛てた石板には、大変情感の籠った内容でしたし、姑への不満を綴った他の女性の石板も発掘されました。こんな中味、当時の帝国の公文書館には存在しませんよ」(クラクコグル教授)。そりゃそうですな。

■石板は全部で2万3500枚も出土

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サイトより、写真を再び引用させて頂きます。

こうした石板が全部で2万3500枚も出土しました。ただ、大半は商業関係の記録だそうです。「クルテペは、アナトリア文明発祥の地なのです。この地の人達は、アナトリア西部を含む他の地域に先駆けて文字が読めていたのです」と教授。

出土した石板は9割方、首都のアンカラのアナトリア文明博物館で展示される予定です。サイトより写真を引用させて頂きます。カイセルという場所に建設中の考古学博物館にも一部が送られるそうです。こちらはカッパドキアで出土した遺物を展示する博物館なのですって。

「途方も無い発見だ」と話す教授は、この交易地跡をユネスコの世界遺産登録に登録して貰う事を目指したいのだとか。交易地は、初期の青銅器時代と、中期青銅器時代、鉄器時代、古代ギリシャ時代とローマ時代の遺物も出土しているそうです。歴史豊かな土地だったのですね。紀元前2000年に、当時の地元の領主が国王に宛てた石板も見つかっています。クラクコグル教授によると、これも重大な成果だったそうです。それやこれや考えると、恐らく登録されるのでは?

ちなみに、石板が彫られた4000年前の人口は7万人を越していたそうです。相当大きな都市だったのですね。発掘団は、更に1000年古い時代の遺物も出てくるに違いないと話しているとの事ですから、今後が楽しみです。

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