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沼津市教委撮影

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邪馬台国と戦った狗奴国に関係する?静岡・沼津市の高尾山古墳の破壊撤回が決まりコーフンを隠せない

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古墳にこーふんしてますか?古代史作家の恵美嘉樹です。

邪馬台国の卑弥呼を古墳時代の始まりとするか弥生時代の終りとするかは線引きが難しいところですが、邪馬台国の時期を境に現在の「日本」につながる連合国家倭国(もしくはヤマト)が誕生した重要な時期であることは間違いありません。
奈良県の桜井市では、邪馬台国畿内説にとっては卑弥呼の墓とされている箸墓古墳の周辺で発掘調査が進み、纒向遺跡(まきむく)という卑弥呼までさかのぼるかは微妙ですが初期のヤマトの王都と呼ぶべき宗教的な大型集落が見つかっています。

この時代は、とりあえず奈良盆地そして九州の北部、あとは吉備(岡山県)などの中国地方や四国など「西日本」だけ見ておけばOKという空気がありました。

それを一変させたのが、静岡県沼津市という当時の倭国にとっては辺境中の辺境のようなところで、古代史研究者や考古学者が想像もしていなかった「邪馬台国級」の巨大な前方後方墳(前方後円墳ではなくて四角をふたつ並べた形)が見つかったのです。

それが昨日(2015年8月6日)に保存が正式に決まった高尾山古墳です。前方後円墳の邪馬台国と対抗した狗奴国(くなこく)の範囲が静岡県東部を含めた東海地方に広がっていた可能性もある重要な古墳です。

本日各紙がそこそこ報じていますが、地方の古墳が一度決まった開発計画を撤回して保存されるというのは、非常にこーふんを隠せないビッグニュースです。読売新聞の静岡版から引用させていただきます。

東日本最古級とされる高尾山古墳(沼津市東熊堂)の都市計画道路整備に伴う取り壊しを巡り、同市の栗原裕康市長は6日、記者会見を開き、「取り壊し方針を白紙撤回する」と表明した。今後は、古墳の現状保存と道路整備の「両立を目指す」と述べた。多数の考古学関係者が求めていた古墳の保存が、実現へ前進した。
この問題で、沼津市は今年5月、古墳を取り壊して道路を整備する方針を発表した。しかし、日本考古学協会や地元の考古学関係者らが「学術的価値が高い」などと反発。これらを踏まえ、栗原市長は古墳取り壊しに伴う発掘調査の予算執行を保留して対応を検討してきた。

記者会見で栗原市長は「大半の意見は(古墳の)保存と(道路の)整備の両立。学会などの意見も踏まえ、残すしかないと判断した」と説明。両立の実現手段については、有識者と関係機関による協議会を設置して「技術的に一から議論してもらう」とした。

協議会は学習院大教授(行政法)、埼玉大教授(都市交通)、日本イコモス国内委員会事務局長(文化財保護・活用)と、難波副知事、県教育委員会幹部の5人を委員に、国土交通省と文化庁がアドバイザーとして参加する。第1回の会合は9月3日に行い、今年度中に3回程度の開催を予定している。

ただ、市は当初、古墳の保存に向け、さまざまな工事方法を検討している。協議会の結論が出るまで、長期化する可能性もある。周辺道路は県内有数の交通量で、朝夕の渋滞は深刻。保存要望の一方で、地元では早期開通を望む声も大きい。

古墳の保存を求めてきた歴史学者の磯田道史・静岡文化芸術大教授「市長の英断を歓迎したい。卑弥呼時代の東国最大の古墳で、沼津市のみならず、国の貴重な財産が守られた。古墳を傷つけずに保存することと、道路整備は両立可能。期待したい」

〈高尾山古墳〉方形(台形)を前後に合わせた「前方後方墳」。長さ約62メートル、最大幅約34メートル、高さ5メートル。古墳最初頭期(3世紀)の前方後方墳では国内最大級とされる。市教委の調査では「築造は230年頃、埋葬は250年頃」で、卑弥呼の墓との説もある箸墓古墳(奈良県桜井市)とほぼ同時期とみられる。

日本考古学協会はもちろん破壊に反対の表明をしてきたのですが、学者が自分のテリトリーの遺跡を守りたいというのはある意味当たり前。それに奈良での最古級の古墳についてはニュースでも全国で大きく報じられがちですが、地方の場合はとても全国的なムーブメントとはいきません。そんな中で、国土交通省という考古学にとっては敵対しがちな存在を動かしたのは、この記事に出ている磯田道史さんが読売新聞の全国版の連載コラム「古今をちこち」で、この古墳の重要性を指摘されたということも大きいのではないかと密かに感じています。

「武士の家計簿」の筆者で、最近ではNHKBSの「英雄たちの選択」の司会者としても活躍していますが、もともとは茨城大のセンセイでした。ところが東日本大震災後に次の大震災がいずれ起こる静岡へ歴史地震を警鐘する語り部として移籍されました。こういったらなんですが、国立大学から県立大(歴史の専攻がない)へわざわざ移るという決断に驚いたものです。

ともかく邪馬台国論争では近畿か九州かと西日本ばかりが注目されましたが、魏志倭人伝で、なぜ卑弥呼や邪馬台国のことをわざわざ遠い中国が書き記したかというと、邪馬台国と狗奴国との大規模な戦乱があったからです。「仮想敵国」狗奴国なくして「連合軍」邪馬台国はなし。

保存が決まったことで、日本のはじまりの時期の研究が進むことに期待したいですね。

恵美嘉樹・記

邪馬台国や古墳時代についてはこちらの過去記事もどうぞ

「日本人の1%しか知らない!【古代史22の秘密】 邪馬台国から壬申の乱まで歴史ファンなら押さえておきたい」

「「トンボ=アキツシマ=日本列島」トンボの歴史を知れば日本史がすべて分かる!」

「北斗の拳に脳内変換したらバッチリわかる!聖徳太子以前の日本古代史」

「箸墓古墳の最古の写真から見る太古の森幻想(と佐賀新聞等の”誤報”)」

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