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戦艦武蔵を発見した大富豪が今度はビスマルクに撃沈された英国の巡洋戦艦の鐘を発見だぁ

更新日:

今年3月、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレン氏が、シブヤン海に眠っていた帝国海軍の超弩級戦艦・武蔵を発見し、世界を驚愕させた事は、賢明なる武将ジャパンの読者の皆様も御記憶でしょう。

あの方、今度は舞台をデンマーク海峡に移し、第二次世界大戦中にドイツ海軍のビスマルクに沈められた巡洋戦艦フッドの場所を特定し、装備の1部の回収に成功したのだそうです。

御本人のサイトで発表しています(2015年8月8日)。

戦艦ビスマルクに完敗、1415人が戦死し、生存者は僅か3人

フッドは悲劇の巡洋戦艦として知られています。1941年5月24日のデンマーク海峡海戦で、ドイツ海軍の超弩級戦艦ビスマルクと会敵。奮戦したものの、ビスマルクの第5斉射を浴び、轟沈。実に1415人が戦死し、生存者は僅か3人でしかありませんでした(以上ウィキペディア日本語版 より)。

見つかったのは8月7日。アレン氏の特注ヨットであり、リモートコントロールによる探索機を装備したM/Yオクトパス号がフッドに装備された鐘を発見し、引き揚げました。修理をした後に記念品として生まれ変わるそうです。

サイトより写真を引用させて頂きます。

英国国防省と英国海軍は、この引き揚げに謝意を表しています。アレン氏側が料金を請求しなかった事もあるようです。

「第二次世界大戦終結から、今年は70年に当たります。今回の努力は、海で戦死した数多くの勇気ある水兵への追悼となります。『マイティ・フッド』を探査し、鐘を引き揚げられた事は私にとって心底の名誉です」とアレン氏御本人。

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14年越しで引き揚げに成功

元々、この鐘自体は2001年7月に発見され、写真が取られていました。船殻の一部から離れた海床に横たわっていたそうです。2012年にアレン氏が率いる探査チームが引き揚げを試みたものの、悪天候や技術上の困難から実現しませんでした。

つまり、14年越しの課題が克服された訳です。

探査に当たっては。こうした沈没船の専門家を揃えているブルー・ウォーター・リカバリーズ社が支援していました。

深海にあった事から、保存状態は良かったそうですが、修理は必要だそうです。

YouTubeの公式チャンネルで、探査の模様を紹介してありましたので引用させて頂きます。

 

ブルー・ウォーター・リカバリーズ社のディレクターを務めるデビッド・ミーアーンズ氏は

「フッドの数少ない生存者であるテッド・ブリッグス氏の最後の望みの1つを叶えられて本当に嬉しい。ブリックス氏は、鐘を戦友を追悼の為に引き揚げる事を望んでおられたからです。デンマーク海峡の深い底にあり、74年もの歳月を経ていたのに、鐘は大変良い保存状態でした。鐘の表面にある刻印から、フッドで使われていた事が分かっております。この鐘は1891年から1914年まで就役していた戦艦フッドにも使われていました。横たわる鐘は、 ユトランド沖海戦で戦死したサー・ホレーンス・フッド少将を偲んで命名・就役した記録でもあります。この鐘はユニークな歴史的な工芸品です。フッドが英国海軍巡洋艦隊の旗艦として、いかに重要視されたかを示しています。特別な艦向けに作られたのは明らかであり、マイティ・フッドを記憶し、乗り組んで戦死した将兵や生き残った将兵を永遠に偲ぶ事になりましょう」。

海軍における武官の最高のポストである第一海軍卿に昇りつめたサー・ジョージ・ザンベラス提督は、次のようにコメントしています。

「第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代、英国海軍の傑出した力の象徴として、マイティ・フッドは我が国の長く栄光に包まれた海の歴史に於ける最高の軍艦の1つでした。この艦は英の生命線である船団を守ろうと砲戦したものの敗北し、我々が島国として生き残り今日享受している自由と繁栄の為に高い代償を払った悲劇を想起させます。フッドの生涯と犠牲は、今の英国海軍に啓発し続けています。船の鐘を引き揚げられた事は、1415人の英霊を弔う助けとなり、その名前を偉大なる国家によって今後とも記憶に留めさせる事となりましょう」と絶賛しています。

ちなみに、フッドの最大排水量は48,650トン。あのプリンス・オブ・ウェールズの43,786トンをしのぐ巨艦でして、第二次世界大戦中に沈められた英国の軍艦としては最大でした。遺品の引き揚げには、生存者などで構成されるHMSフッド協会も全面協力していました。

協会会長のフィリップ・ウィルコックス少将も感慨深げ。叔父がフッドに座乗し、戦死していたからです。

「HMSフッド協会は、ポール・アレン氏とデビッド・ミーアーンズ氏とM/Yオクトパス号によるデンマーク海峡に深く沈んだ鐘の引き揚げに向けての凄まじい努力とプロフェッショナリズムに対し、心から感謝します。特にポール・アレン氏のサポートは類例を見ないものであり、引き揚げ作業への個人的な関与を嬉しく思います」と謝意を表明しています。

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戦没者追悼の墓標も設置

今後、鐘はポーツマスの英国海軍国立博物館に寄贈されます。修理が完了次第、20世紀と21世紀の英国海軍の歴史コーナーに展示予定だそうです。なお、この博物館は2014年に完成したばかり。フッドが就役した場所にあり、縁の深さを示しています。

博物館館長のドミニク・トウェッドル教授は次のようにコメントしています。

「フッドの鐘を展示できるのは特権であり、名誉であります。新しいギャラリーは、20世紀と21世紀の英国海軍の英雄的な行為と義務と犠牲を哀悼するものであり、それらが全て詰まっているのがフッドです。我々は既にプリンス・オブ・ウェールズの鐘も展示しています。1941年5月24日の海戦ではフッドと共にビスマルクと戦いました。これと一緒に展示します。2つの艦の精神が再開した訳です」

なお、現場には英国海軍の旗が設置されました。サイトより引用させて頂きます。新たなる墓標となった訳ですね。御魂に合掌。

なお、サイトにはギャラリーがありまして、引き揚げの様子が分かるようにもなっていますので、アクセスなさってみては如何でしょうか。

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