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93歳のB17搭乗員、再び同じ爆撃機「センチメンタル・ジャーニー」号で大空へ

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B17と言えば、第二次世界大戦でB29と並んで、アメリカ陸軍航空隊を代表する爆撃機として有名です。映画「メンフィス・ベル」のモデルにもなりました。彼女と一緒に見に行ったなぁ(って、誰も聞いてませんね)。

そのB17に搭乗していた、ワシントン州で暮らす御年93歳の男性が同機に再び乗り組み、大空を舞ったそうです。さぞかし感慨深いものがあったことでしょう。

地元のキング5というテレビ局が紹介しています(2015年8月17日付)。

センチメンタル・ジャーニーがベルリンを4回爆撃

嘘のような本当の話ですが、このB17の名前は「センチメンタル・ジャーニー」なんですって。この爆撃機に乗り組んでいたのが、ジム・ブラネー氏(93歳)。サイトより写真を引用させていただきます。矍鑠としながらも、感慨深げですね(笑)。

ブラネー氏は、「センチメンタル・ジャーニー」に乗り組んでドイツに37回出撃したそうです。文字通り、修羅場でした。

ベルリンも4回爆撃しました。危険な目にも遭いました。「4度目の出撃の際、第2エンジンがやられた脱落してね、高度3万4000フィートから1万9000フィートまで下がったんだ」。それでも、辛くも帰還。「何が何だかって感じだったよ。首に高射砲弾の破片が刺さった仲間もいたしね」

さて、このB17とワシントン州には縁があります。ベリンガムという街で設計され、飛行したからです。デュワミッシュ川近くにある当時製造された工場跡の上空を飛行しました。

ブラネー氏は、B17の操縦は担当していませんでした。キャリバー50と呼ばれるブローニングM2重機関銃を搭載した回転式の銃座に座り、迎撃するドイツ空軍機を撃退する任務でした。ただ、戦後はパイロット免許を取得し、なんと数年前まで民間機を飛ばしていたのですって。

「銃座から天井まで4インチか5インチしか無くってね。しかも、装甲のアクリル樹脂が薄くてさ。ホント、何度もチビリそうになったよ」。

随分、正直な人ですね(笑)。今回、久しぶりに同機のエンジン音を聞いたブラネー氏は、当時の事をまざまざと思い出したそうです。

「エンジン音を比べてみたもんだよ。誰も俺たちを撃ってない証拠になったからな」

帰投中、戦友がクッキーやキャンデーで労ってくれた事も思い出したとの事です。あまりのストレスと空腹で、フランス上空で胃が痛くなったからだそうです。「出撃から帰投までの10時間で口にできるモノは、それだけしか無かったしな」

今後、西ワシントンやオレゴン、カリフォルニアなどを年末まで飛ぶスケジュールがあるとの事。ベリンガム空港の他には、ワシントン州のペイン・フィールド空港には8月24日から31日まで、チェホールズ空港には9月1日から8日まで、スカジット郡空港で9月21日から23日まで、それぞれ注記するそうです。子供3ドル、大人5ドルで乗せてくれます。数百ドル使えば、飛んでくれるそうですから、お金のある人はチャレンジしてみますか? メンフィス・ベルの気分が味わえますよ。

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