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極寒のアラスカで1か月生き延びた「28人のロビンソン・クルーソー」の証拠を考古学者が発見

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絶海の孤島に、着る物も食べる物も無く、ぽつねんと生活を強いられる。「ロビンソン・クルーソー」「十五少年漂流記」など、古今東西の海洋小説の定番ですが、これを実際に強いられていたという伝承がアラスカにあります。よりによって、冬の寒い所でという感じですけど、その伝承がこのほど考古学者らの手で実証されました。実際に遺跡が出てきたのですって。

ウェスタン・ディッグというサイトが報じています(2015年9月14日付け)。

真冬のアラスカで、ロシアの軍艦が遭遇した地獄

1813年1月、ちょうど欧州ではナポレオンとロシア勢が死闘を繰り広げた余韻の浅からぬ頃。当時のロシア領アラスカ南部のクルーソフ島に、同国海軍のフリゲート艦「ネヴァ」が座礁・沈没してしまいます。ハバロフスクのオホーツク港からクルーソフ島のシトカ港に向かう途中で、入植者や労働者、物資を積載中の悲劇でした。

この事故で、乗組員の3分の2が凍死してしまいます。生存者28人にとって選択肢は2つ。凍っていた海を渡り、人が住んでいる場所に向かうか、あるいはそのまま留まるか。で、後者を選びました。何とか海岸に辿り着き、残された食糧を分け合い、掘っ立て小屋を石で建設。艦から使えそうな物を全て引っ張り出すという作業を余儀無くされました。

ロビンソン・クルーソーや十五少年よりも、シチュエーション的には過酷ですね。正に事実は小説より奇なり…なのですが、この2つの小説と同様、ハッピー・エンドではありました。1ヶ月後に、救助船に発見されたからです。

とは言え、小説以上に珍奇な実話というのは、得てして突っ込み所が満載になってしまいます。このケースでも、事故に関する公式文書が無く(軍艦が沈んだというのに、変な話ですね)、オーラル・ヒストリー(口承)のみ。証拠となるブツが見つかっていなかったのです。

そこで考古学者らが出動し、その伝承の地を探索しようじゃないかという事になりました。

「神話や『海の伝承』を、科学的発見に置き換えるのが我々の目標でした。見つかった遺品は1813年1月当時のスナップショット(写真)の役割を演じています。1ヶ月近くも救難船を待っていた乗組員が、どのようにして不慣れで過酷な環境を生き抜いたかを理解させてくれました」と、シトカ歴史協会のデーブ・マクマハン氏は嬉しそうに記者発表しています。そう、実際に出てきたのです。

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伝承を元に、浜辺や高地を探索

調査は、協会とアメリカ森林資源局アラスカ事務所、歴史考古学協会などが共同で当たりました。開始したのは2012年。ただ、手掛かりが少なく、特定は難航したそうです。

決め手となったのは、伝承からの露営地推定。「幾つかの浜辺を探索しました。その後、高地に足も運びました。そうしたら、ロシア人の斧の破片が見つかったので、場所がここらだろうと推定しました」(マクマハン氏)。

発掘などから、木炭を燃やしたと思しき暖炉跡が見つかりました。「ロシア製の斧が箱入りで見つかりましたよ」(同)。

サイトより写真を引用させて頂きます。

冬のせいで調査は一旦中止し、翌年夏に再開。試掘してみたところ、乗り組んでいた交易商らが使っていた道具などが発見されました。サイトより写真を引用させて頂きます。

急ごしらえの銅製の釣り針や、火打ち石も出土しました。航海士が使ったと思しきコンパスも出てきたそうです。この他、小口径のマスケット銃の弾丸も出土していました。熊でも撃っていたのでしょうか?

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人間、諦めちゃあ駄目

こうした遺品とは裏腹に、見つかっていないものがあり、それが調査団の興味をかきたてているそうです。船に積載していた筈の入植地に運ぶ予定の陶磁器やガラスの器などが、全く見つかっていないからです。どうやら、引き上げ出来なかった道具も相当あったようですね。
「こうした出土品から、生存するに当たり、急ごしらえでしのごうとしていた事が分かります。一時的ではなく、実質的に長く滞在することを余儀無くされていたのではないでしょうか」(マクマハン氏)。

となると、結構どころか、かなり惨めな生活だったんでしょうね。「どうなるんだろう? 助かるんだろうか」などと絶望の念が、何度となく脳裏をよぎったのは間違い無いでしょう。ホント、良く助かりましたよね〜。人間、諦めちゃあオシマイって事でしょうか。

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