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ツタンカーメンの墓の秘密部屋に義母のネフェルティティの墓?

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その昔、大阪市内のヤバイ所に住んでいた頃の事。行きつけの飲み屋で、背中に絵が描かれている皆さんをクライアントになさっている税理士サンと、何時しか話す仲になったのですが、その方が曰く。

「査察やガサ入れに入られた時にはな、ちょこっとだけ探すのが難しい場所に隠し金庫とか作っとくねん。その中には、そこそこ大事なモンを入れとく。そうしたら、見つけてガサーッと持って行きよるわ。で、ほんの少しだけ近所に、ホンマに大事なヤバい系な、絶対に押さえられたくないモンを、今度は分からんように隠しとくの。人間の心理ってオモロイもんでな。『遂に見つけた!』と思ったら、それに脳味噌の考えが皆いってまうねんな。だから、ホンマに大事なモンは無事なままとなるんや」

良い子の皆さん、真似しちゃダメですよ(笑)。で、こういう長い前振りを思わず彷彿させるような話が、ここ数ヶ月間、海外のニュースサイトを賑わせているのです。

エジプトの女王として有名なのに、その墓がどこにあるのか長らく謎だったネフェルティティ。灯台もと暗しというか、ヤバい税理士サンの元祖みたいというか「えっ?」と思わせる所に墓がありそうなんですって。

それは、義理の息子に当たるツタンカーメン王の墓のそば。隠し部屋を作って、そこに大事なお宝を収蔵しているらしい。はぁ〜、考えよりましたな。驚嘆したロイター通信が配信し、英国のテレグラフ紙が掲載しています(2015年10月2日付)。

「何か変だぞ」とスキャンをかけたら...

ツタンカーメン王の墓と言えば、この武将ジャパンでの拙稿「ツタンカーメンの墓が蘇った! そう3Dプリンターならね 」でも紹介しましたが、近年になってハイテクのメスが入れられました。坪面積換算にして18坪。「見つけられないようにという事なのかもしれないが、小さすぎるし、何かカラクリがあるのでは」と思われたらしく「じゃあ、スキャニングしようよ」という話になったらしい。そうしたら、驚愕の展開が!

2つの秘密の小部屋に通じると思わる廊下がありそうなのですって。しかも、小部屋の1つが義母のネフェルティティの墓ではないのかと、英国の考古学者が勘ぐり出すようになったのが、今年8月の話。

「もし本当にそうなら、今世紀最大の発見だ。国際社会が興奮しっぱなしなのにミステリアスなままだったエジプトの歴史の一時代に光が当たるのだから」と、テレグラフ紙もヒートアップ。そりゃあ、ツタンカーメンの墓を発掘した国としては、松岡修造モードにもなりまさぁな(笑)。

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ツタンカーメンの墓は「居抜き」物件?

ウィキペディア日本語版から引用させていただきました、ネフェルティティの胸像です。片目が入れられていないなど、謎めいた美女ですよね〜。だからこそ、世の中のほうで血眼になるんでしょう。

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ツタンカーメンの墓はネフェルティティの墓の再利用?

さて、今回の「新発見」は、更に仰天する展開が。ツタンカーメンの墓所は、日本の不動産屋さんで言う「居抜き物件」(前のテナントによる内装や造作、設備などがそのまま残されている)の可能性が出てきたのですって。大真面目に学説を唱えているのは、英国のエジプト学者のニコラス・リーヴス氏。エジプトの首都のカイロで記者会見を開き、あの部屋は元々はネフェルティティの墓所で、複数の専門家が壁に仕切られた廊下の向こうの小部屋で、この3000年間静かに眠っていると信じているとブチ上げたのです。

しかも、この説にエジプトの古代文化担当相のマムドゥー・アル・ダマティー氏までが興奮状態。「本当なら、ツタンカーメン王の発見すら霞んでしまう。これは21世紀で最も重大な発見になるだろう」と記者会見の席上でまくし立てています。

あの〜。現物が見つかってから興奮なさった方が良いのでは。歴史学徒の成れの果てとして、お気持ちは十分にわかりますけどね(笑)。今後3ヶ月かけて、地中レーダーと熱感知により、ツタンカーメン王の墓所の背後に秘密の小部屋の場所を特定にかかるそうです。

さて、ツタンカーメン王と言えば、1922年に王家の谷で発見され、その黄金のマスクは世界を仰天させたのは周知の事実。ところが、当時から「他のファラオよりも墓が小さいのは何故なのだ」と思われていたそうです。おまけに、同時代(というか先代に当たる)女王の墓が見つかっていなかった事も、疑念を深めさせました。

どこで亡くなり埋葬されたかについては、長年の謎でした。これまでは夫のアクエンアテンの治世中に亡くなり、アマルナに埋葬されたのだろうと考えられていました。胸像が1912年に発見されていたからです。ところが最近になって、リーヴス氏らの研究により、実は夫よりも長生きし、名前を変えて短期間統治していたのではないかとの説が唱えられるようになっていました。

ツタンカーメン王の墓所の北と西の壁の向うに!

そうした学説を補強する事になりそうなのが、今回の説。リーヴス氏によると、どうやらツタンカーメン王の墓所の北面と西面の壁の向うに部屋がありそうなのだとか。部屋の1つはツタンカーメン時代に倉庫として使われ、もう1つがネフェルティティ用なのだろうと推測されているそうです。

サイトより写真を引用させていただきます。指差して説明なさっているのがリーヴス氏です。
ともあれ、今のところは裏付けるブツが出てきてない状態なので、学者の中には「まぁまぁ、慎重にいきましょうや」と抑制的な方もおられるようです。そうした学者さんによると、ネフェルティティとされるミイラは1898年に発見されており、エジプト博物館に収蔵されているじゃあないかというのです。

「秘密の部屋があるに違いないという意見は前々からあるし、その1つがネフェルティティだとしても、今のところは推測の域を出ていない」とエジプト学者のアィダーン・ドッドソン氏(ブリストル大学)は、ロイター通信の取材に対して懐疑的な回答。ただ、こうした意見をどこ吹く風とばかりにダマティー文化相は専門家を引き連れ、現地視察まで行っていますし、小部屋には財宝がある可能性があると考えているそうで。

そこもポイントではありますよね。観光客倍増やろうし(笑)。

なお、こうした熱にうかされたのか、「もしネフェルティティの墓が無傷で見つかったなら、隠し財宝は勿論の事、豊かではあったが波乱に飛んだ時代に光が当たり、芸術的かつ考古学的な大発見となろう」と、ロイターさんまですっかり興奮状態です。確かに当面は目が離せませんわね。続報が入り次第、また紹介しますので、ヨロシク!

それにしても「隠し部屋」に「居抜き」を考えた当時の王室の関係者、頭エエなぁ。世が世なら、税理士サンの事務所に脱税担当顧問に迎え入れられるところやで。まぁ実際に見つかったらの話やけどね(笑)。

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