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ストーン・ヘンジが作られた5000年前の食生活が判明。ヨーグルトや豚肉など意外とリッチ

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ストーン・ヘンジから1.7マイル離れた場所で同時代の食器が出土し、化学分析してみたところ、ヨーグルトやチーズや豚肉のローストなどを食べていた事が明らかになったそうです。

…ワタクシメの食生活よりゴージャスやないの(って、誰も聞いてませんよね)。

英国のデイリー・メールが報じています(2015年5月13日)。

画像クリックでデイリーメールへリンク

奴隷でなく自発的に優雅な食事を楽しみながらストーンヘンジをつくっていた?

こうした事から、ストーン・ヘンジの建設に携わった古代人は奴隷などではなく、豊かな食生活を楽しみつつ、自発的に関わっていたのではないかと考古学者はみているそうです。

さて、食器が発見されたのはダーリントンの壁と呼ばれる場所。ストーン・ヘンジからは1.7マイル(約2.7キロ)離れており、紀元前2500年頃に建設に携わった古代人が住んでいたのではないかと目されています。また、最近の調査から、この壁自体がストーン・ヘンジと一体化した建物だったのではないかと推定されるようになっています。ちなみに、こんな感じだそうです。


ウィキペディア英語版より)

なお、こちらもこちらで、木による環状モニュメントがあった事が明らかになっているそうです。

出土した食器をヨーク大学の考古学者らが調べたところ、ミルクやヨーグルト、チーズなどの残り滓が付着していました。また、炭化した骨なども出土しています。つまり「エエもん食べさせたげるから、あんじょう働いてんか」と、こうした豪華な食事を摂りながら建設に従事していたようですね。

また、調査によると、こうした食器類はストーン・ヘンジからはほとんど出土しておらず、逆にダーリントンでは大量に見つかっています。一方、ストーン・ヘンジでは火葬や土葬などが行われていた事を示す証拠が見つかっています。どうやら、ダーリントンを生活の場に、ストーン・ヘンジは神事や葬儀の場としていた可能性があるようです。

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豚を肥え太らせてから食べていた

興味深いのは、当時から豚を飼っていた事でしょう。シェフィールド大学が調査したところによると、多くの豚を肥え太らせてから食べていた事が判明しています。考古学者らは「秋から太らせ始め、冬に殺処分してはごちそうとして食べていた強力な証拠です」と興奮気味。寒いから体力を付ける必要もあったのでしょうね。

なお、調理方法ですが、室内で煮たりローストされていた他、バーベキューをしていた節もあるのだとか。あぁ、ワタクシメよりも豊かな食生活やん(だから、聞いてないって)。何でそう分かるかというと、動物の全ての部位の骨が見つかっているからでして、一箇所で家畜として飼われていたのだろうと推定されています。

また、骨を化学分析したところ、地産地消で無い場合もあった事が分かっています。ウェールズや英国北部から連れて来られた可能性が出ているからです。「重要な発見です。つまり、相当数の人たちが、遠方から広範囲に集まってきていたからでないと無理だからです。ごちそうのパターンを観察すると、奴隷が強制されて建設に従事していたのでは無い事を示唆しています」と、考古学者は推定しています。

ちなみに、羊の出土例はほとんど無く、当時は家畜としては余りメジャーでは無かったようです。野外でジンギスカンとかはしてなかったのでしょうね(って言うか、ジンギスカン料理って日本オリジナルやし)。

調査を指揮したヨーク大学のオリバー・クレイグ博士は「食事を分け与えていた証拠や、ダーリントンの壁での活動形跡などから、これまで考えられていたよりも先史時代の料理の規模は大きかった事が明らかになりました。住人や大勢の訪問者らは調理法や食事や後始末などについて理解を共有していました。こうした事から、ダーリントンの壁の時代には素晴らしく機能した労働コミュニティが存在していた事が分かります」と話しています。

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みんなでごちそうを分け合っていた

こうしたヨーグルトなどを、特別な日だけではなく、日常的に食べていたようです。ロンドン大学教授でストーン・ヘンジ食事プロジェクトのディレクターを務めているマイク・パーカー・ピアーソン氏は、ダーリントンの壁での出土調査から「ストーン・ヘンジを建設した人たちが広範囲にごちそうを食べていたという素晴らしい洞察を与えてくれたのが、今回の調査結果です。英国全土から連れられてきた動物が野外でバーベキューにされ、大勢の人たちが食べていたのです。また家屋の中でも当時の住民が食べていたのです」と話しています。

儀式を行う施設から、ミルクを入れていた土器が見つかっています。栄養を摂るというよりも、宗教行事に使われていたのだろうとしています。先史時代の英国に散在していた農村同士が連帯するという意味合いや宗教的な理由などから、食事が分け与えられていたようです。

互いが労り、心を通わせながら冬を過ごし、楽しく暮らしていたのでしょうね。今の殺伐とした御時世を思えば、人類って進歩ばっかりではなく退歩している所もあるのでしょう。色んな事を考えさせられます。

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