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イギリス政府の機密指定の解除で保守党の重鎮政治家がギャングの大物とアーーーッな関係と明かされる

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政府の機密指定文書の解除に於いては、時としてトンでもない事実が明るみに出たりします。先日のケネディ大統領暗殺に関する詳細情報を当時のCIAが隠蔽しようとしていた事実などが、その好例です。

そして、これもこれでトンでもないというか、なんというか。1960年台の英国で与党だった保守党の重鎮だったロバート・ブースバイという政治家が、よりによって当時の有名なギャングだったロニー・クレイなる人物と昵懇の間柄で、同性愛者ルだったブールスバイの為にお相手を世話していた事が明るみになったのです。

今とは違って、同性愛は犯罪行為。しかも、暗黒街の顔役と仲が良く、一緒に映った写真まで残していたとあっては、超弩級のスキャンダル。政権を担っていた当時の保守党のヒューム内閣が、当局による調査結果を封印していた事も露見してしまいました。

隠し事って出来ませんね。英国のデイリー・ミラーがスクープとして報じています(20151022日付け)。

サイトから写真を引用させて頂きます。左がギャングのクレイ。右が保守党のブースバイです。

暗黒街と政界がズブズブだった事が問題

本稿を紹介するに当たり、あらかじめお断りしておきます。ワタクシメも、武将ジャパン編集部も、同性愛者に偏見を抱いてはおりません。当事者同士の合意があれば、第三者が口を挟む話では無いと思っております。ただ、この場合は「暗黒街の顔役に、公人であるべき政治家が相手を世話してもらっていた」。ここを問題視したく思い、紹介する事にしました。

この問題が浮上したのは1964年夏。当時のダグラス・ヒュームが率いる保守党内閣では、調査結果を深刻視し、内容を封印してしまう事にしていました。

もっとも、その1年後に有名なセックススキャンダルであるプロヒューモ事件が発覚。選挙で保守党は大敗してしまう結果となっています。ウィキペディア日本語版から、引用させて頂きます。

プロヒューモ事件(プロフューモじけん、Profumo Affair)は、1962、当時のイギリスハロルド・マクミラン政権の陸相であったジョン・プロヒューモが、ソ連側のスパイとも親交があった売春婦に国家機密を漏らしたと疑われた事件である。同政権の崩壊につながり、「20世紀最大の英政界スキャンダル」とされる。

(中略)

19617月にプロヒューモは、「クリーヴデン(ビル・アスター卿所有のバッキンガムシャーにある大邸宅)」で行われた「プール・パーティー」で、売春婦でヌードモデルクリスティーン・キーラーを知人に紹介され、その後プロヒューモはキーラーと金銭を介した肉体関係を持つことになる。

なおこのパーティーには、キーラーと肉体関係を持っていた駐英ソ連大使館海軍武官エフゲニー・イワノフ大佐も招かれており、キーラーはイワノフとの肉体関係を継続しながら、プロヒューモとも関係を持つに至った。なお当時キーラーは、イワノフ大佐の友人で著名な整骨療法医のステファン・ウォード博士と同棲していた。

間もなくイギリスの上流階級の間においてプロヒューモとキーラーの関係に関する噂が広がり始め、この噂を知った内閣官房長官のノーマン・ブルック卿は、「キーラーがイワノフ大佐とも関係している」というMI5長官のロジャー・ホリス卿のアドバイスをプロヒューモに話した。プロヒューモはこのアドバイスを受けて196189日にキーラーに「もはや会うことができない」と手紙で伝え、2人の関係は数週間で終わることとなった。

(中略)

その後、196212月に発生した、キーラーと性的関係のある2人の男性の銃撃事件を調査したマスコミが、「キーラーはプロヒューモ陸相と、イギリス駐在ソ連大使館付海軍武官のイワノフ大佐とも親密な関係がある」という情報を入手。しかし、「政治家プライバシーを尊重する」というイギリスの伝統のため、当初事件は大きく扱われなかった。

しかし1963321に、イギリス下院労働党議 員ジョージ・ウィッグが「ある傷害事件の証人として出廷を命じられたキーラーと、マクミラン政権の閣僚の1人が関係があり、国家の安全のために事件を追究 すべし」とし、噂の真相究明を要求した。疑いをもたれたプロヒューモは、「その女性は知っているが、不品行な関係はない」と下院で身の潔白を主張した。

その後、キーラーがイワノフ大佐とも関係があったことがマスコミにより明らかになり、国家の軍事機密漏洩事件にまで発展。イギリスのマスコミもこぞってこの事件の詳細を報道、国内の大きな関心事となった上、アメリカフランスなどのイギリスの同盟国でも大きく報じられた。

以上引用終わり。これもこれで大スキャンダルである事には変わりありませんが、ミラー紙では、「あのプロヒューモ事件よりも大きなセックス・スキャンダルに直面していた可能性がある」と論じています。正直、ワタクシメもそう思う。

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あのロンドン警視庁が捜査に乗り出すも・・・

当時、同性愛は犯罪行為でした。その為、ロンドン警視庁が動き出したところ、関与していたのがロンドンのイーストエンドで悪名を轟かせていたクレイである事を突き止めたのです。結果を知った当時の政界上層部は震え上がりました。

なお、このクレイは双子でして、当時30歳前。ウィキペディア英語版ではKray twins(双子のクレイ)という項目名で紹介しているほどです。写真を引用させて頂きます。

男前かどうかはともかくとして、エネルギッシュな人物という印象ですね。で、このロニー・クレイとブースバイは性的な関係があるとの情報が寄せられ、ロンドン警視庁が捜査に乗り出していたのだそうです。

当時、この情報を察知して、一旦は掲載に踏み切った社がありました。もっとも、取材で詰め切れなかったのか、ブースバイとクレイの名前までは特定出来ませんでした。記事としてのパンチ力は弱くなってしまいましたが、それでも政界を揺るがすには十分なインパクト。当の新聞社に圧力をかけ、新聞を回収させたそうですから、酷い話です。なお、後になってドイツの雑誌「シュテルン」が名前を特定して報じていたそうです。

今ならTwitterで瞬時に拡散されている所ですね。

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50年以上の歳月を経てマスコミのリベンジ

武将ジャパンの賢明な読者の皆様に於かれましては、もう察しがついているかと思います。そう、圧力をかけられたのは、このミラー紙だったのです。きっと歴代の編集局員の申し送りになっていたのでしょう。「やがて文書が機密解禁されるだろうから、その時は抜かりなく復讐してくれ」と。で、見事リベンジを果たした訳です。

ロンドン警視庁の捜査報告書は、その後MI5が保管していました。機密指定したのもMI5。外国勢力によって脅迫の材料に使われないようにとの配慮があったようです。それもその筈というか、報告書の中身が凄い。

2人は、若い男性を追いかけ回しては、「ホモセクシュアル・パーティー」を度々開催していたからです。ミラー紙では、次のように解説しています。「当時、貴族院議員だったブースバイは著名人であり、ロンドン警視庁の捜査員は有罪判決を受けた事もある1人の男性(クレイ)と『関係があった』との疑惑を捜査していた。疑惑の中には、ウェストエンドでの乱痴気騒ぎというのもあった」。

その乱痴気騒ぎが何を指すのかは、書くまでもないでしょう。なお、最初に紹介した写真は当時のミラー紙が数週間後に入手していたもの。政権から圧力をかけられていたものの、ブースバイがバイセクシュアルである事と、お抱えの運転手であるレスリー・ホルトという人物とも関係していた事を突き止めています。

写真の1番右に収まっているのがホルト。こういう写真を残してしまうのは、脇が甘いとした言いようがありません。ただ、こういう悪代官的な人物は得てして強運の持ち主。前述したドイツの「シュテルン」が名前を突き止めて報じたのは、ブースバイが死去した後の1986年でした。在職中に露見していたら、秒殺だったでしょうね。

チャーチルも渋い顔?

ちなみに、このブースバイは元々は、あのウィンストン・チャーチルの私設秘書。そこから保守党の重鎮にのし上げた叩き上げの人物でした。ただ、同性愛者なのではないかとの疑惑は生前から噂されており、公の席で否定する羽目になっていたそうです。また、クレイとの写真についても噂が立っていたようで、この事でも釈明をしています。

曰く。「写真は自宅で撮影したものであり、クレイとは『ビジネスの問題を語っていた。私生活を巡る噂については戯言でしかない」と。話を裏付ける筈のクレイは1995年に61歳で世を去っているので、今となっては確認のしようがありません。

ともあれ、機密指定になっている以上、役所側も嘘をつかねばならなくなりました。ロンドン警視庁の長官が「そんな捜査はしていない」と、事実に反する声明を発表していたからです。

こうなると、真相を報じていたのに立場が悪くなってしまったのはミラー紙。名前こそ書かなかったものの、読めば「あっ、これはブルーズバイだ」と分かるような報じ方をしていたものですから、1面に謝罪記事を掲載させられた挙げ句、名誉毀損をしてしまったと、当時の金で4万ポンドを支払わされる羽目になっていたのです。なお、この額は今日の金にして50万ポンド。日本円に換算して約9000万円にもなります。それだけ稼ごうと思えば、幾ら新聞が売れないと駄目なのでしょう。想像もつかない額です。

「しかし、今回の機密指定解禁によって、嘘をついていたのはブースバイの方だった事が明らかになった」とミラー紙は怒りの鉄拳。先輩達の無念を晴らそうと、新たな暴露も行っています。ホルト以外に、当時のボクサーだったジョニー・キッドという男性とも関係があった事を明るみにしたのです。ホルトが関係筋に明らかにしていた話として、ブースバイをクレイに紹介したのは自分で、何度となくパーティーを開催して、写真も撮影していた事実を紹介しています。

この関係筋に言わせると「ブースバイは性的に倒錯しており、変わった人物とのセックスを好んでいた。そうした人物を紹介するのに、ロニーは絶好の立場にいた。本人も顔が利いたからである。両者はオカマ野郎(queers)だったのは言うまでも無い。また、2人して若い男性を追いかけ回していた」。queersというのは、今日では同性愛者に対する差別語として、公の席では使うべきでないとされています。当事者への軽蔑の念を抑えきれなかったのでしょう。そりゃあ、専門のパーティーまで開いたとあれば…。なお、1962年といえば、チャーチルの最晩年に当たりますが(1965年没)、このスキャンダルを把握していたどうかは不明です。知っていたとすれば、間違い無く渋い顔をしていたのは疑いの無い所でしょう。

かくてアングラな展開に

先にも書きましたが、捜査情報は、ロンドン警視庁の関係者だけに共有され、やがてMI5に移管されました。ワタクシメが驚いたのは当時のMI5長官がロジャー・ホリス卿だった事です。このホリスには、今なおソ連のスパイだったのではないかとの疑惑が持たれているからです。と言うのも、当時の英国外務省では、一定の年数を外国で過ごした人物については、どんなに優秀であろうと採用しないという不文律(その外国のスパイになっている危険性が拭えないからです)があったのに、香港や上海で8年間も過ごしながら採用されていたからです。そして、上海時代には、あのアグネス・スメドレー(リヒヤルト・ゾルゲと関わりのあった左翼系ジャーナリスト)とも交流があった事が分かっています。どう考えても出世階段を上るような人物ではないのに、MI5の長官にまで登り詰めていた。そして、このスキャンダルを知る事となっていたのは、非常に興味深いものがあります。

スパイミュージアムというサイトから引用したホリスの写真)

ミラー紙では「内務省やホリスの同僚らは、このスキャンダルと後のプロヒューモ事件に共通する土壌を感じたに違いない」と言葉少なに結んでいます。

アングラな展開としか言い様が無い。また、このスキャンダルの暴露を以て、全てが終わる話でも無さそう。当時のホリスを含む英国政府の要人の対応を、更に暴露してもらう事をミラーには期待したい。まだ、9000万円の損を取り返してないしね!

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