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織田家 本郷和人歴史キュレーション 歴史・戦国NEWS

織田信長が最初に建てた本格的城郭・小牧山城で新発見! 本郷和人(東大教授)の「歴史キュレーション」

更新日:

 

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週は、石垣に続いて貴重な城門が発見された小牧山城に注目! 織田信長が最初に建てた本格的な城郭で今後の研究に大きな影響与えること必死です。

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

 

◆小牧山城二つの入り口 信長時代の遺構発見 読売新聞 2月6日

本郷「おおお-っ。これはこれは」
「小牧山城の話に入る前にね。奈良大学の学長を勤めてらっしゃる千田先生って、お名前をよく見るわね。城郭研究家なのね。どんな方?」
本郷「うん。千葉県佐倉の歴史民俗博物館に勤めててね、それで母校の奈良大学にお戻りになった。年齢はぼくとたいして変わらないんじゃないかな?」
「それで千田先生は学長なんだ-。すごいわねー。」
本郷「やなこと言わないでよ。でも優秀な研究者だよ。ぼくの師匠は石井進先生で、先生は東大の文学部を辞めたあと、歴史民俗博物館の館長になられた。そこで千田さんといっしょに仕事をされたわけだけれど、人をめったに褒めない先生が、千田さんのことは高く評価されていたよ」
「へー。すごいんだー。これからも要注目ね。さて、それで肝腎の小牧山城だけど、歴史的にはどんなお城なの?」
本郷「愛知県の小牧市に標高86メートルの小牧山がある。その形状はとても面白くてね。こう、ずーと濃尾平野の平地が続いているところに、ぽこっと小山があるんだ。周りはホントに平らな土地なんだよね。その小山に作られたのが小牧山城」
「信長が桶狭間で勝利したのが1560年6月よね。これで東の今川からの脅威が低下し、信長は狙いを美濃の攻略に定めたわけね」
本郷「その通り。1562年2月には、清須城において、岡崎城で独立した徳川家康(もとは今川の部将として松平元康を名乗る)といわゆる清洲同盟を結んだ。これで完全に東側の脅威がなくなったんだ」
「そうか。それで信長は本拠地を清須城から、美濃攻略に都合の良い、北方の小牧山城に移すのよね」
本郷「そうなんだ。丹羽長秀を奉行として小牧山山頂に城を築き、1563年7月には主要兵力をそっくり小牧山城に移したんだよ」
「その移動にはどんな意味があるのかな? 他の大名たちも良くやることなの?」
本郷「いやあ、居城を完全に移すなんてことは、他の大名はしてないんじゃないかなあ?まして清須は守護所として150年もの長きにわたり尾張の中心として栄えた場所なんだ。それを根こそぎ移転しちゃうんだもんなあ。信長はやっぱり普通じゃないよ」
「それで1567年9月、岐阜(当時は稲葉山)城の攻略に成功した信長は居城をまた岐阜に移し、小牧城はその役目を終えるわけね」
本郷「のちに豊臣秀吉と德川家康が戦った小牧長久手の戦いにおいて、小牧山城には德川方の本陣が置かれたんだ。でも、それくらいかな。城としての役目は終わってたわけだね」
「今回の発掘の成果で、小牧山城にはのちの安土城につながっていく要素が見いだされたのね。この辺りの解説をしてちょうだい」
本郷「細かいことはとりあえず措いておこう。何が大事かって、それは小牧山城は四方に石垣を積んだ城だった、ってところだね」
「え? 城に石垣。あたりまえじゃないの?」
本郷「そうじゃないんだ。それまでの城は石垣を作らずに土塁。土を盛り固めて防御施設にしているんだ。先日の『真田丸』を見てたら、滝川一益が城主を務める上野の厩橋城(群馬県前橋市)に石垣があってね。ぼくは思わず「厩橋城には石垣はありません!」ってツイートした」
「せこいわねー。みみっちいわねー。揚げ足取りだと思われるわよ」
本郷「いや、そういうことじゃないんだ。秀吉が小田原城攻めをやったときに一夜城を作ったでしょう。あれが関東では初めての石垣のある城。秀吉が持ち込むまで、関東の城には石垣はない。これが大原則なんだね」
「へー、そうなの。じゃあ、西国でも、小牧山城が石垣を積んだ初めての城なわけ?」
本郷「立派な石垣、人を威圧するような石垣といえば、間違いなく小牧山城だ。ここで信長は早くも、門の出入り口に巨石を使う、ということをやっているわけだしね」、
「城主の権力の大きさを見せるのね。敵の使者とかが来たら、びっくりするわね」
本郷「味方だって、びっくりするでしょう。これは、うちの殿には逆らえない、って気になるんじゃないかな」
「そのわりに信長って、けっこう家来に裏切られてるのよね」
本郷「まあ、それはそうだけどね・・・」
「あのね、石を積む、っていう発想はじゃあ、どこから来たの?東ではないわけよね。信長の完全な独創なの? でも、それじゃあ、技術が追いつかないでしょう?」
本郷「畿内の寺院建築じゃないかって、いう説があるね。たとえば近江なんかでは、寺院建築に石垣が積まれる例がある。その技術を転用したんじゃないかって」
「軍事利用ね。なるほど。それにしても、信長って、いろいろユニークなことを考えるし、それを実行するのね」
本郷「それなんだ。いま学界では「信長は普通の戦国大名だ」ってみんなで大合唱してる。普通の戦国大名が居城を移すかい? 石垣を積むかい? 天守閣を作るかい? ぼくは信長の独創性は高く評価されてしかるべきだと思うんだけれどもね」
「なるほどね」
本郷「千田さんの話が出たから、今日はこの話題でしめようか」

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◆文化財行政説明会 地域の歴史と共に働く 奈良大 /毎日新聞 1月29日

本郷「考古学って面白くてね。何というか、いわゆる学校の格差が通用しないんだ」
「学校の格差って、気持ちの悪いあれね。偏差値を基準とした、早慶上智、MARCH、日東駒専,みたいな大学のくくりね」
本郷「そうだね。研究者の世界でも、それはあるわけでね。現にぼくがいる史料編纂所なんかは、一次審査がペーパーテスト。二次審査が論文。テストが苦手な子は一次で落ちちゃう。まあ研究者は頭を使うのが商売だから、仕方がないんだけれど」
「考古学は、ちょっと違うの?」
本郷「机に向かっての学問よりも、実際に現場に出て掘ってみる。その中で獲得した技術や感性や知見が大きくものをいう。机上の空論はダメなんだ」
「それはもっともね」
本郷「うん。若い方たちにはがんばって欲しいものだね」

 

【編集部より】

ついに始まった大河ドラマ『真田丸』。
幸村(信繁)について学びたい方へ最適の一冊、その中身を一部公開していただきました。

真田丸の幸村、そのリアルに迫る 本郷和人『なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか』(幻冬舎)を一部公開!

本郷和人なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか表紙



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