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硫黄島からの帰還兵が持ち帰った「寄せ書きのある日の丸」 福岡県嘉麻市の息子さんの元へ

更新日:

 

硫黄島の激闘から生還した兵士が戦利品としてアラスカに持ち帰った寄せ書きのある日の丸2棹が、今月に福岡県嘉麻市の元の持ち主の子孫に渡されるそうです。

アラスカのKTUUという地元局が報じています(2016年3月2日付け)。

【TOP画像】アラスカ・ディスパッチ紙のHPより引用

 

父親のズック製雑嚢から発見

申し出ているのはウォーレン・キーオさん。父親のジェームス・キーオさんのズック製の雑嚢に収納されていた日の丸2棹の返還を申し出ているそうです。

何でも子供の頃に見つけ、兄妹などで翻したりして遊んだ事もあったのだとか。日の丸に武運長久の寄せ書きなどがありました。

ジェームスさんは陸軍の軍曹として出征。硫黄島で戦い、これらの旗を戦争の思い出として持ち帰りました。勇敢な方だったらしく、戦功章を貰っていたほどでした。

旗の他にピストルや弾丸、写真や手紙なども持って帰っていました。もっとも、硫黄島での事は決して家族に話さなかったそうです。

晩年のジェームスさん=KTUUのビデオ映像より

晩年のジェームスさん=KTUUのビデオ映像より

 

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死の直前「元の持ち主の子孫に返したい」

2年前、ジェームスさんは亡くなる直前に御家族に対し、この旗を元の持ち主に返したいと告げていました。

「父の願いをかなえる事で、多くの真相を学べればと思っています」(ウォーレンさん)。

ところが、御家族の誰1人として日本語が分かりません。その上、日本語が分かったところで旗の寄せ書きの意味を理解出来るとは限りません。

困っていたところ、キーオさんはアラスカのコロニー高校で日本語が教えられている事を思い出し、日本人教師の二之湯俊治さんに協力を依頼しました。二之湯さんは生徒のエミリー・マックスウェルさんとエリカ・フォルデンナウアーさんに旗を見せました。

2人とも日本語を4年学んでいたそうですが、「やっつけろ」(go get'em=『打倒米英』を指すものと思われます)と書かれているのは分かったものの「全ては分かりませんでした。古いものですね。人の名前や、家族や友人らが書かれたのでしょう」

そうした情報を基に、2人は日本の新聞社に連絡。旗の写真を撮影して送ったところ、1人の男性が父親のものではないかと、キーオさんに連絡しました。

 

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今月、福岡県嘉麻市の息子さんの元へ

KTUUには書かれていませんが、どうやら送った新聞社というのは福岡の西日本新聞のようです。「死闘の硫黄島から70年越しの“手紙”」という見出しで、2015年12月8日 の夕刊に掲載されていたからです。1棹には「松熊寅男」と書かれており、同紙が戦没者名簿と照合させたところ、該当者を発見。次男の勝利さんがご健在である事も分かり、連絡が取れたそうです。

キーオさんは、息子さんの1人を連れて今月来日。旗をお返しするそうです。「76歳の息子さんでした」とキーオさんは勝利さんについて触れた上で「ご連絡を何度かいたしましたが、71年前に戦死なさった故人の遺品はこれだけでしかないのです」。ピストルなどは、歳月を経てどこかにいってしまったのでしょうね。

なお、記事では、もう1棹の旗については持ち主が分かっていないとしています。西日本新聞によると、「為森田五郎君」「陸軍少将上野西郎」などと書かれている。出身地や所属団体などは不明との事。こちらのHPによると、上野西郎とは陸軍士官学校11期で、昭和4年に予備役になっています。「森田五郎」という名前の出征兵士に、ご近所に住んでいた上野少将が激励の意味で書き込んだ可能性がありますね。

ここは1つ、我らが武将ジャパンの叡智を結集して、残る方にも無事お渡したいものです。

 

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