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豊臣秀吉は「とよとみひでよし」or「とよとみ『の』ひでよし」? 本郷和人東大教授の「歴史キュレーション」

更新日:

 

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週のテーマは、豊臣秀吉の読み方問題から考える歴史学の本質とは?です!

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

◆「真田丸」豊臣秀吉はなぜ「とよとみ『の』ひでよし」と名乗るのか エキサイトレビュー 2016年4月10日

本郷「あああ。まあ良いんだけどね・・・」
「あらら。なんだかお気に召さないようね。どうしたの?」
本郷「この手のことを鬼の首を取ったかのように社会に対して誇示するのは恥ずかしいというか、ね。ぼくには抵抗があるんだ。それには理由というか、トラウマがあってね・・・。ちょっと昔話をして良いかな」
「どうぞ、どうぞ」
本郷「ぼくは本郷に進学して、初めて石井進に中世史学を習うようになった。その時のテキストは『政基公旅引付』というものでね。ぼくは初めての発表のテーマで根来寺の寺内組織を選んだ。僧兵などではなく、お経の勉強や法会の修行をする僧侶を学侶というんだけれど、学侶には先輩・後輩のような人間関係がある」
「芸人さんなんかだと、年齢ではなくて、芸歴でそれが決まるのよね」
本郷「僧侶もそうなんだ。僧侶になる儀式を経ることを得度する、っていうんだけれど、得度してから何年か、で先輩・後輩が決まる。この得度してから何年というのを『臈次』という。法蓮房は臈次25年、みたいな言い方になる」
「ふん、ふん。そこまでは分かったわ」
本郷「それでね、臈次は普通は『ろうじ』と読むんだけど、ぼくは『らっし』と読む史料を見つけた。これはすごいことなんだよ。史料を読んでわずか数ヶ月の3年生では、普通はできない。特に仏教の教理関係の史料は難解だからね」
「はいはい、分かりました、分かりました」
本郷「それでぼくは内心やったぜと思ってね、ゼミの発表の時に、えー『ろうじ』ですね、いやこれはどうも当時は『らっし』と読んだようですが・・・、と得意になって言ってみたんだ。先輩たち、知らないでしょう。もしかしたら、先生も知らないかな、って内心鼻高々でね」
「ふん、そうしたら」
本郷「石井進はね、さらっと言ったんだ。『ああ、そういうのはどうでも良いから』って。もう恥ずかしくてね。興奮が一変に冷めて、顔から火が出るような感じだった。あれからもう35年たっているんだけれど、いまだに忘れられない」
「それはどういうことを石井先生はおっしゃりたかったの?」
本郷「研究者を目指すなら、まずは考えることを第一にしなさい、ってことさ。知ってる、知らないは価値がないんだ。知ってることが多くなったって、『物知り』にしかなれない。落語に出てくる、何でも知ってるご隠居さんだね。そうじゃなくて、頭を使って考える。考えて、考えて、苦しんだあげくに本当の学者になりなさい。それが石井先生の教えだったんだ」
「厳しい方だったのね。だけど石井先生って、それこそ何でも知ってる方だったって、何かの本で読んだわよ」
本郷「そう。考古学にも、民俗学にも、哲学にも社会学にも、さらには世情にも通じていた。ものすごく物知りだった。だがら半可通(生半可な知識を持つ人)をすごく嫌ったんだろう」
「だけど、それが、豊臣『の』秀吉と何の関係があるの?」
本郷「だって、姓と家名の関係なんて、誰だって知っていることじゃない。それを殊更に言い立てたところで、今更どうなるものでもないでしょう? そんなの豆知識に過ぎないんだから」
「そうかしら。私、良く友人に聞かれるわよ。源『の』頼朝に、足利尊氏。頼朝には『の』がついて、尊氏には『の』がつかない。なぜなの?って」
本郷「何て答えているの?」
「源は姓。源平藤橘と称されるけれど、それは大きな氏族の名前ね。だけど、だんだんその中で家名が生まれてくる。たとえば佐藤一族の親戚の中で『世田谷のおじさん』とかいうのと同じ。下野国の足利庄を領有している源の家を『足利家』と呼んだ。これが家名ね。それで姓+名前の時は『の』をつける。家名+名前の時は『の』をつけない。これがルール、って説明しているわ」。
本郷「うん。それでいいんじゃないかな」
「だったら、豊臣は新しい姓で、家名は羽柴でしょ。豊臣『の』秀吉、でいいじゃない」
本郷「うん。理屈はそうだけれどね。だけど、それじゃあ、時代を大きく見る観点が抜け落ちているんだなあ。そういうところが恥ずかしから、あんまりこういうことで目立つのは、ぼくは、好きじゃないんだ」
「どういうこと?」
本郷「家康に仕えた学者で、藤原惺窩っていう人がいる。彼は家名は冷泉なんだ。ああ、また知ってる知らないだけれど、冷泉は普通れいぜいだけれど、れんせい、って読んでる史料もあるね、まあ、それはどうでも良いけれど。惺窩は冷泉を名のるのを嫌って、姓の藤原を用いた。彼のことを何て呼ぶ?」
「ふじわらせいか、ね。ふじわらのせいか、とは呼ばないわね・・・」
本郷「でしょう? 細川幽斎の母方のおじいさんは清原宣賢っていう学者だけれど、彼を何て呼ぶかな?」
「普通は、きよはらのぶかた、よね。きよはらののぶかたじゃないわね」
本郷「そうでしょう? これはね、便宜的なものなんだ。鎌倉時代になると、家が成立してくる。北条とか三浦とか安達とかね。貴族の方でも、近衛とか久我とか冷泉とかだね。だから『の』は使わなくなるんだ」
「はい。そこは分かったわ」
本郷「ところが、これは貴族の場合なんだけれども、中に例外的に依然として姓で呼ばれる人がいた。一番良い例が歌人としてあまりにも有名な藤原定家だな」
「なんで藤原や源のままの貴族がいるの?」
本郷「さて、どうしてかな? たぶん、複数存在する中納言とか、大納言とかを呼び分けるのに、藤大納言とか、源大納言といえばこの人、みたいなのがいてね。それと関係するんだろうな」
「ちょっと何言ってるのか分からないんだけど」
本郷「ああ、これ説明すると長くなるから、忘れて。でね、定家に戻るとさ。彼は原則的にいえば『ふじわらのさだいえ』でしょう。でもみんな『ふじわらていか』って呼ぶよね。でね、もう鎌倉時代からの藤原は、家名あつかいなんだ。姓ではなくて。だから『の』をつけないでOKなのさ」
「ああ、やっと分かったわ。だとしたら、豊臣も当時何と呼ばれていたかは知らないけれど、歴史学的には家名あつかいでOK、とよとみひでよしでOK、ということなのね」
本郷「そう。だいたい豊臣『の』秀吉だろうが、とよとみひでよしだろうが、歴史はそんなに変わるわけはないんでね。 石井進は間違いなく、『ああ、そういうのはどうでも良いから』っていうに違いない。まあ、だから、せっかく好評のテレビドラマでそんなことにこだわってもしょうがないじゃないか、っていうことなんだよね」
「うー、でも、あなた、それで民放の番組で商売してるじゃない」
本郷「いや、ぼくはほら、汚れだから」
「それはズルいわよ。それに神は細部に宿るのよねえ・・・。まあ、ご意見としては聞いておきましょう」

 

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