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アラビアのロレンス愛用バイク(ブラフ社製) 80年の時を経てCOOLにリストア!

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映画「アラビアのロレンス」を御覧になった方なら、その冒頭シーンで、ピーター・オトゥール扮するロレンスがバイク事故で昇天してしまう場面を御記憶かと思います(考えてみれば、いきなり主人公が死ぬ映画というのも珍しいですね)。

で、その悲劇的な事故から80年。このほどリストアされ、事故現場のボービントンに里帰りしました。地元のデイリー・エコー紙が報じています(2016年6月4日付け)。

サイトより写真を引用させて頂きます(トップ画像)。軍人時代に撮影したものですね。

 

年収あるいは家を買えるほど高価なバイクがズラリ

くだんのバイクはブラフ・シューペリアSS-100。ジョージ6世というニックネームが付けられていました。

ロレンスはバイクマニアでして、事故のあったボービントンのカッテージには他にも10台のバイクを保有していたそうです。それらのバイクもリストアされて、地元に里帰りしました。

続けてサイトより写真を引用させて頂きます。

アラビアのロレンスバイク2

相当手間を掛けたのが分かるリストアですね。里帰り当日は生憎の雨。それにもかかわらず200人以上がボービントンを訪れました。今年はロレンスがアラブで神出鬼没の活躍をするようになって100周年に当たりますので、バイク好きだけでなく、歴史マニアも大勢訪れていたものと思われます。

当日は音楽演奏やトークショーなど、ロレンスゆかりの様々なイベントが行われました。

ちなみに、ロレンスは上記のブラフ社のバイクだけで7台も保有していたそうです。しかも、バージョンの違ったものばかり。お値段も張りまして、当時の価格で100ポンドから185ポンド。これは当時の年収に匹敵するか、ちょっとした家が買える値段だったのだそうですって。それが10台ってのが凄いですね。しかも、余り背の高く無かったロレンス向けに特別改造までしていたというのですから、一体ナンボかかったんでしょう(汗)。

本人は、この改造バイクを走らせるのが好きで、地元民には馴染みの光景になっていたそうです。また、ロンドンとポーツマス間の235マイルを疾走させてもいたそうです。しかも、時速90マイル以上。当時の英国には白バイ警官はいなかったのだろうか(油汗)。

そんな本人が、悲劇の事故を起こしてしまったのが1935年5月13日。ノーヘルメットが、文字通り致命傷になってしまいました。スピードを守って、安全運転せねばいけないという話でもあります。それもまた、歴史的教訓の一つと言えるでしょう。

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南如水・記

 




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