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週刊武春 アメリカ

『ロケット・ガール』アメリカ初の女性ロケット科学者を描いた名著に息を呑む

更新日:

アメリカの宇宙開発を支えた女性が今、表舞台に

ロンメル元帥の息子逝去に続く、本邦初のBushoo!Japanスクープ記事です。

スプートニクやガガーリンなど、宇宙飛行でアメリカがソ連に最初はリードされていたのは、皆様も御存知でしょう。ドタバタの末に打ち上げに失敗するなど、失態も続きました。

アポロ13

最終的には、アポロ計画をぶち上げて月面着陸に成功するなど、一定の面目を保ったというか、何とか追いついた格好にはなりましたが、そうした成功の影に1人の女性がいた事は余り知られていないかと思われます。何しろ、ナチスから逃れてきたウェルナー・フォン・ブラウンばかりが目立っているって感じですからね。

今年夏に、その少女にスポットを当てた書籍が発行され、アメリカや英国で注目されました。恐らく、日本ではこのサイトが初めての紹介になるのではないかと。

 

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息子の目から見た「ロケット・ガール」

書籍のタイトルは「ロケット・ガール」。アメリカのプロメテウス出版社から刊行されています。ジョージ・D・モーガン氏が、母親のマリー・シャーマン・モーガンさんの事を回想する形で書き上げています。この方、アメリカ最初の女性ロケット科学者だったのです。

 rocketgirl

表紙は、こんな風。見るからに利発そうな女性ですね。

あるアメリカの地方紙によると、かの地の図書館では、物理学や天文学の棚に置くべきか、はたまた他に相応しい棚があるのでは、などと議論になっているのだとか。ある意味、女性史に残る偉業を達成したのですから「歴史」というカテゴリーこそ相応しい感じすらします(だから、こうやって紹介しているのですが)。

農家の少女が化学者に、そして宇宙に

ともあれ、書籍の内容に触れていきましょう。

マリーさんは1921年11月4日、ノース・ダコタ州の農家の生まれ。地元の州立大学で化学を専攻。平和な世の中だったら、そのまま地元で働く可能性もあったのでしょうが、第二次世界大戦が運命を変えてしまいます。オハイオにあるプラントで、化学者として武器弾薬の調合に携わる事になったのです。

男手が兵隊に取られ、その穴埋めという位置付けだったようですが、マリーさんは、それだけに留まらない優秀さを発揮しました。カリフォルニア州のダウニーという所にあるノースアメリカン・アビエーション社(航空ファンなら、P-51ムスタングの製造元と書けば『あぁ、あそこかぁ』と思い出されるかと)の技術チームに抜擢されたのです。

そこでのマリーさんは、理論的特性の専門家として、ハイダイン(Hydyne=発音はAT&Tの自動発音システムへの入力を基に表記しています)と呼ばれる液体推進燃料の開発をします。これが最終的に、1958年に打ち上げられたアメリカの最初の人工衛星用ロケット「レッドストーン」に使われる事となったのですから、素晴らしい業績と言えましょう。

また、ソ連との宇宙競争に勝つだけでなく、ロケットの技術が初期の大陸間弾道ミサイルにも使われたそうですから、ますます唸らざるを得ませんね。

レッドストーン450

宇宙開発史としても貴重な書籍

「ロケット・ガール」を紹介している地方紙は、こう書評しています。

ありきたりの、味気ない伝記ではない。脚本家を生業としているモーガン氏は、母親の伝記を、世界大戦という環境でしか起きえなかった、徐々に起きていく色んな人との出会いを舞台劇のように生き生きと描いている。

そういう世界の話なので、あのフォン・ブラウンも登場するのはお約束。また、ソ連での宇宙開発のライバルであるセルゲイ・コロレフなどの名前も登場します。この人、殆ど知られていませんが、ソ連でマリーさんのような部門で開発に当たっていた方で、そのお国柄から長らく機密扱いされていたのを、本書が発掘した格好になっているようですね。

うーむ、色んな意味で面白そうな本だなぁ(笑)。

職場では黒子に徹し、私生活では幸せに

とは言え、当時のアメリカの宇宙開発の現場と言えば、圧倒的なまでの男社会。そのハードルを乗り越えるのは生やさしい事ではありませんでしたが、マリーさん自身は、どちらかというと控え目な性格で、自分の業績をひけらかすでもなく、黒子的な存在である事を好んでいたそうです。そして1955年、ロケットの実際の打ち上げを見届ける事無く、子育ての為に職を辞します。

今日まで余り注目されなかったのは、そういう事情もあったのでしょうね。

私生活では、ジョージ・リチャード・モーガン氏と職場結婚し、4人の子宝に恵まれるなど、幸せな家庭を築きました。お子さんの1人が、ジョージ・D・モーガン氏であり、御本人の記憶や、各種の文献や証言を徹底的に当たって上梓したというのが、本書が世に出るまでの流れでした。

残念ながら、マリーさんは2004年8月にこの世を去ります。家庭でも、カードゲームが好きな傍ら、宇宙科学や化学の話になると目を生き生きと輝かせながら話していたそうですから、そこらがジョージ氏の執筆の動機になったのでしょうね。

息子さんにとっても、執筆を通じてマリーさんの様々な面を再発見していったそうです。そして、一人の女性が、アメリカの、そして人類の宇宙へのステップに少なからぬ貢献をした事に気づき、大いに喜んだそうです。

なお、本書は今年7月、BBCでも紹介されています。ジョージ氏自身が、静かに、しかし熱い調子で、マリーさんの生涯を語っています。一見の価値ありです。どこかの出版社が邦訳して欲しいなぁ。



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takosaburou 記

 

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