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週刊武春 中国のビックリ名言 中国

『孟子』を通じて見る、現在中国のペットと賄賂事情【中国のビックリ名言3】

更新日:

今回の名言は
『愛而不敬、獣畜之也(愛して敬せざるは、これを獣畜するなり)』(出典【『孟子』尽心章句・上)

どういう意味でしょうか。今回は、これまでと違い日本のことわざではあまり見ないものです。

要旨は、
自分がこの人は「賢者」だと認める人には、尊崇の念をもって接することが大切だ。
いくら金銭や貴重な商品を贈ったとしても、相手への尊敬の念が欠けていれば、ペットに餌を与えて可愛がっているのとなんら変わるものではない。
というものです。

皇帝のペットはコオロギ、庶民は金魚などの伝統

近年、中国でもペット、つまり犬や猫、インコのような小鳥などが一般の家庭でも飼われることが普通のことなってきています。
さらに、富裕層の間ではアロワナや錦鯉など観賞用の高級魚までも家で飼うことが急速に普及してきました。

古くはコオロギが皇帝のペットでした。映画『ラストエンペラー』でも、最後の皇帝溥儀の愛でる姿が印象的に描かれています。また、一般の庶民も秋になると「闘蟋(とうしつ)」といって、コオロギのオス同士を戦わせて強さを競わせました。また、蜘蛛を戦わせることもありました。ちなみに、中国では蜘蛛の「蜘」がオスを「蛛」がメスをさす漢字です。

良い声で鳴くメジロなどの小鳥を老人が籠に入れて愛でたり、鳴き声の良い鳥を競ったりする「玩鳥」という嗜みがありました。、また、金魚を飼う習慣もありました。
これらのペットの愛玩の伝統は、中国の都市の庶民の愉しみでした。

中国では、一般の庶民のことを「老百姓(ラオバイシン)」と呼びます。
「百姓」は、元々は、百(多くの)の姓を持つ有姓階層の人々のことを指し、同族集団の冠姓(代表する姓)を「劉」や「毛」や「李」などと名乗ってきました。
ちなみに、中国には「姓」は数百から千程度しかありませんが、日本では10-30万もの姓があるそうです。
中国の戦国時代には、その用法が定着し、孔子の『論語』などでも、百姓といえば民衆や庶民を指す言葉として使われています。
日本でも当初、中国の用法に倣っていましたが、中世以降は「百姓」は「農民」を指す言葉に変化していったとされます。

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中華人民共和国で一時ペットブームは廃れる

都市周辺の老百姓(庶民)のペットを愛玩する習慣も、しかし、人民中国成立以降は、ひとの食料確保が優先でしたから、生活の場から犬や猫は見当たらなくなりました。
生き物や小動物の愛玩は、悪しき有閑階級の旧習として退けられるという傾向もあったでしょう。

私が中国で立ち上げた20年前の最初の合弁工場の隣が、香港の合弁企業でペット用愛玩犬の繁殖工場でしたが、程なくして潰れ、しばらくは廃墟のままでした。

当初、繁殖を手掛けた業者は、香港などの海外への生犬輸出を目論んでいたようでしたが、思うようには事が運ばなかったようです。今から思えば、事業化の時期が早過ぎました。

その頃は、郊外でも犬や猫、飛ぶ鳥といった動物の姿を、中国・天津では見ることが少なかったのです。

俗に、中国人は「四本足なら机以外は、飛ぶ物なら飛行機以外は何でも食物にする」との話がまことしやかに囁かれる時代でした。
ひょっとして、食べ尽くされたのかな、とも思い疑心暗鬼になりました。
中国では、食品店で「狗肉(コオロウ)」と書かれた犬の肉や、ウサギの肉を缶詰などで売っています。

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この20年で飼い犬が大復活

ところが、この20年で様相は様変わりし、2、3軒に1軒程度の割合で座敷犬や猫を飼っているお宅が増えています。特に、老人家庭ではその傾向が顕著となっています。もちろん、日頃寂しい老人の愛玩対象です。
工場団地内の各工場でも守衛室周辺に番犬用でしょう、大型犬を何匹も飼うところが多くあります。需要は膨らみ続けています。
何しろ、13億人とも14億人ともいわれる中国の人々が、元来長い伝統のある小動物に対する愛玩習慣に目覚めつつあるのですから、需要はねずみ算式に増え続けているのです。

今回の『孟子』からの名言でも、賢者への尊崇の念は、金銭財宝や貴重な贈り物の多寡で報いようとしても無駄だ、との事情を説明する喩えとして、ペットを愛玩する気持ちを持ち出しているのです。
賢者への尊敬の念は、ペットを愛玩するような美味しい餌を与え、機嫌を取るような軽い気持ちではダメなんだよ、と言っているわけです。
当時、中国では、ペットへの愛玩習慣はお金や高価な物を送る賄(まいない)の習慣と同等に慣行化され、扱われていたという証左でもあります。ペットへの愛玩習慣が、いかに庶民(老百姓)の間に嗜みや愉しみとして浸透していたかを物語っています。

ペットと賄賂のあさからぬ関係

ペットの続きの話として、お金や貴重な品々を贈る中国の習慣について話を進めます。

賄賂(ワイロ)とは、イヤな言葉と思われがちです。日本では古くから「まいない」という言葉を使いました。
辞書では「自身の利益になるよう取りはからってもらうための、不正な目的で贈る金品」などと出ています。
俗名は、袖の下とも言います。

おもに、政治家や公務員、官吏などがその職務と権限を利用して、情実を期待して、法や道徳反して受け取る金品やサービスといった報酬のことです。
言葉の定義からすれば、あまり一般庶民には関係のないものと考えられがちです。

しかし、中国では「賄賂(ワイロ)」という露骨な言い方はあまりしないようですが、事情は少し違ってきます。
こうした賄賂習慣は、じつは一般の老百姓(庶民)の生活のなかにも深く浸透していて、中国人はよく「好処費(ハォショフェイ)」などと呼びます。字の如く、良きに計らってもらうことへの費用、必要経費というわけです。

賄賂は庶民にも浸透した習慣

金品をもって厚遇する習慣は、中国ならではということではありませんが、厚遇する対象は、「賢者」にではなく、古より官僚や役人などに代わり、はたまた現代では身近に存在する医者や学校の先生が加えられました。
現在中国人は、自身や家族の健康や子弟の教育に、殊更に関心が高いことの証明でもあります。
また、相手に物事を頼んだり、商談をまとめる時にも、相手に心付けを渡したり、食事に誘うのは一般的です。

役人に賄(まいない)を贈ることは、必ずしもマイナスな習慣ではなく、時に大変良い効果が期待されます。なんとなれば、金品を贈ることでムズかしい顔も破顔一笑、ニッコリと相手の笑みを得て、急速に親密度を増すこ
とも難しくないからです。

こうした習慣も、中国に限ったことではないでしょうが、郷に入っては郷に従えで、見知らぬ相手との互いの壁を一気に乗り越えるための智慧や技法のひとつと理解されればよいことだと思います。

その中国では、関係を持つ人の度量を計ろうとする気風が旺盛で、基本的な付き合いにおいて、試されているのではないかとつい失礼に思えて感情的になってしまうこともあり、人間関係には殊更気を遣うことになります。
また、気の置けないような関係には、それなりの理解醸成の長い時間が必要となります。

相手が役人であれば、別に賢者に接するが如く「尊敬の念」を抱きつつ、賄(まいない)を渡すようなことはあり得ません。それは、愛玩用のペットに対してもそれほど異なる感情というわけではないでしょう。どちらかというと、心のなかでは、こうした人間関係は何処かで割り切った関係だと理解されています。

しかし、こうしたきっかけで付き合いの始まった人でも、時に本物の良い関係に発展することもあります。
忘れた頃に、我が方の商売を気遣って「商売繁盛」の縁起物の絵1幅を託してくる課長さんがあったり、数年後に所長さんに昇進されて思わぬ鶴の一声で窮地を救って頂いたり、良縁であったことに後に気付かされることもあるのです。
そうした時に、あらためて「敬」の足らざることを悔いるようなことも起こりえます。

 

また、賄(まいない)を渡す習慣について、声を大にして吠えたり、はたまた噛みついたりする正義感の旺盛な人も多いはずです。こういう人に限って、潔癖とかの問題ではなく、賄(まいない)の甘味を占めたことがないのです。

毒舌家で知られたコラムニストの山本夏彦(故人)が「ワイロほどいいものはない。ワイロは浮世の潤滑油である」とハッキリ言っています。
真面目人間や婦人を相手に喧嘩を売るように「リベートやワイロを貰った高位高官を非難するのは、貰う席に座れなかった人で、座ればとるにきまっている。むろん私もとる」(『その時がきた』1996年刊)と述べていました。山本夏彦という人は、こんな痛快なことを平気でいえる人でした。
当時は、ロッキード事件などあって、相当に世間からは反感を買ったのではないでしょうか。

しかし、賄賂(ワイロ)はもらう立場にあって初めて価値が分かるのでしょうが、悪い面ばかりではなく、現代中国では人間関係を円滑に運ぶ技法の一つとして、庶民レベルでも重要に考えられ励行されています。

「清官」と「濁官」の差はもともと単に「忙しさ」の違いだった

さらに山本氏は続けます。中国の「清官三代」を例に引いて「清官」はワイロを取らない清廉な役人のことではなく、ワイロはむろん貰うが、その貰い方が多すぎず少なすぎず適正なのだと述べ、その位でも清官は子孫三代は豊かに暮らせる財産は残したのだと指摘しています。

「清官」の対語に「濁官」という言葉があります。
清官と濁官は、元々は同一官位であっても、好まれる官位とそうでない官位の差異として認識されていました。
要は、要職と閑職の違いでしかありませんでした。
しかし「鶏頭牛尾」という四字熟語や「牛頭となるも牛尾となるなかれ」といわれるように、官吏も同じ部長でも要職に就きたい思いは今も昔も一緒のようです。
古来中国では、高級官吏でも清官の道から外れ、濁官と見なされる地位に甘んじることを、一族郎党が恥と見なし、潔しとせず、官位を去るというようなことも慣行としてあったようです。

ところが「濁官の害は清官のそれに如かず」という言葉があるように、後の時代には、いつしか清官に対して濁官は「汚れた官吏」という意味に使われることになります。
山本夏彦氏も指摘したとおり、清官だって多少は賄賂(ワイロ)も貰い、政道にもとるようなこともあったでしょうが、濁官の無道・非道ぶりほどは遠く及ばなかったということでしょう。

閑職であれば「小人閑居して不善を為す」の諺にもあるとおりで、要職の道から逸れてしまって、暇でもあり、つい悪さが頭をよぎりがちです。
すなわち、濁官は適正な賄賂(ワイロ)を取ることに満足せず、物欲が強く自ら要求してまで多くのワイロを取り、人の怨みや妬みなど周囲の人の不興を買うから、そう呼ばれるようになったのかも知れません。

自分から要求するのはダメ

また、中国には「清官」に対して「貧官」という言葉があります。
「貪官汚吏」などという四字熟語がありますが、この用法には明確な出典などはなく現代に近い用法で、貧官は利権に絡む汚れたイメージと重なります。
古来の貧官は、お金で地位や名誉を手に入れた官吏や軍職などを指すこともあります。
清官は、もちろん先の要職にある清廉な役人のことです。

また、貧官とは、腐った役人ということですが、この用法を使って貧官という言葉を思い起こさせて、その名を馳せたのは中国の首相を務めた朱鎔基氏でした。

朱鎔基氏の名文句として「私は、貧官ではなく、清官だった。そうひとこと言ってもらえば満足だ」と記者に応じたのが由来です。貧官という言葉も古くからありましたが、この場合の「貧」は、物欲と言うよりも、心の貧しさを強調して言うのでしょう。中国では、賄賂(ワイロ)や賄(まいない)は、相手の方が勝手に気遣って持ち込むもので、自ら要求するのはやはり如何にもお行儀の悪い行為と見なされるのです。

または、仲介者があって、適切な相手に、適切な贈り物を贈るべきだとわざわざアドバイスして歩くような人もあったようです。
名高い清官には、周囲の人が気遣い、その人を盛り立てるように仲介者を買って出る人も多かったようです。
ところが、濁官や貧官には、公正な味方や仲介者がおらず、強欲で繋がる仲間しか見当たりませんでしたから、当然見境のない、顰蹙を買いかねない暴挙に出る者もあったはずです。

こうしてみると、強いひがみや妬みに駆られ、不幸にして賄(まいない)を受け取る立場にないひとは、正義感を振りかざすか、または大いなる無関心しか持てるものはありません。
こうした人こそが、ちょっとした甘言やエサに飛びつきやすいペットの類(たぐい)と同類と考えられてもおかしくはないでしょう。

たとえば、こうです。

こうした、ひときわ声の大きい(よく吠える)人にアタリを付けて、先ずどうですかチョッとそこの店でご意見をうかがいたいからと丁重に呼びつけておきます。
あとで、そろそろどうですかと言って、ノコノコ付いてきたらヨシヨシと甘言など労し、まあオスワリと手なづけて、酒席など設けてご馳走してやる。
このような行為は、そのひとの声の大きさを期待しての魂胆があっての振る舞いだということが言えるわけでしょうが、こうした対人作法をペット級の扱いというのです。

人を利用しようとする場合は、どうしても心ない対応になってしまっています。身に覚えはないでしょうか?

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