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ユダヤ人がボスだったハリウッド映画界はなぜナチスとコラボしたのか

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ボブディランの差別発言が話題となっていますが

今日でもそうですが、言論の自由が無い国々での商売は難しいものです。特に、その国が無視できないほどのパワーを持っているなら、尚の事。今の中国とかが典型ですね。

で、そうした国相手に商売するジャンルで特に神経を使うのが映像産業。そう、ハリウッドですね。昔はナチス、今は中国相手に苦闘していますが、最近になって、そのナチスとハリウッドの関係を研究した書物がアメリカで刊行され、話題を集めています。

 

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その名もずばり、コラボレーション

題名からして挑発的です。何しろ「コラボレーション」というのですからね。しかし、売らんかなというセンセーションに陥ってはいないようで、本書を取りあげている報道機関は、概ね好意的な書評です。

例えば、英国のガーディアン紙などでは、次のような論調でした。

ナチス・ドイツは映画が好きだった。指導者となると尚更だった。第三帝国の総統を務めたヒトラーは、毎夜映画をみていたほどだ。家に人を招いては、上映して楽しんで貰っていたりした。例えば好きだったのはコメディのローレル&ハーディーシリーズ。「素晴らしいアイディアとクレバーなジョークに満ちていたから」だという。

と言う書き出し。俗っぽい所があったのですね。ただし、ここがヒトラーのヒトラーたる所以で、映画を単なる娯楽とは考えておらず、扇動や扇動の強力な手段として魔術のように使えると思っていたのですって。

これには、あの有名なゲッベルス宣伝相も同意見。クラーク・ゲーブルの代表作の1つ、「或る夜の出来事」を鑑賞後、日記にこう書いていたそうです。「面白い、アメリカの実情を描いた映画。学べる所は大いにあり。アメリカ人は何てナチュラルなのだろう。この点では我々に遙かに優っている」。

ちなみに、「或る夜の出来事」は1934年の公開。つまり、ナチスが政権を取った翌年でした。そして、この少し前から両者の関係はきな臭くなっていきます。

 

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コラボした映画界のボスがユダヤ人

ヒトラーが政権掌握後、それまでのドイツ経済を見る間に立て直したのは、皆様も御存知の通りでしょう。そしてこれは、当時のソ連を除く世界各国が大恐慌による経済不振に悩んでいた事を思えば画期的でした。

そんな事情もあって、ハリウッドの大手撮影所は、ナチスに腫れ物に触るが如き扱いに出ます。ドイツを不愉快な国として描かず、ユダヤ人の迫害についても触れないという構え。差別的な意味合いを含んだJew(ユダヤ人)という言葉は禁句だったそうですが。

こうした当時の状況を、著者のベン・アーワンド氏は当時の新聞記事や書簡、アーカイブなどから丁寧かつ執拗に掘り起こしていったそうです。

その結果浮かび上がったのは、当時の撮影所のボスによるへつらいと、恥ずべき妥協政策だったとアーワンド氏は主張します。皮肉な事に、こうしたナチスの狂ったイデオロギーを定着させるのに尽力した映画界のボスがユダヤ人だったとしています。

著書は、1930年の12月、有名なレマルクの小説を映画化した「西部戦線異状なし」のベルリン上映から筆を起こしています。原作同様、強烈な反戦メッセージを持った作品となった映画が、ドイツ人の愛国心を侮辱しているとして、ナチスのシンパが妨害活動に出ていたというのです。

何しろ、暴動が起きるわ、スクリーンが破かれるわ、果ては爆弾が投げ込まれるわ、白いネズミが館内に放たれるわという大騒動に発展したため、当時既にあった検閲担当の筆頭責任者を務めるエルンスト・シーガーが国のイメージを損ねるとして、封切り6日目で上映禁止措置を下したほどでした。

一方、制作したユニバーサル・ピクチャーズは、その後「西部戦線異状なし」を他地域で上映するに当たり、大幅にカットする事に合意。そうこうする内に、反ドイツを彷彿させる他国の映画の配給を規制する旨の法律が成立。ハリウッド側は、この法律に従うか、或いはドイツという市場を失うかのどちらかを選べと迫られます。

そして、ハリウッド側は従ったのですが、これは前奏曲に過ぎなかったのです。

 

ユダヤ人迫害の映画にかけた圧力

先の法律制定は1932年。そしてナチスの政権掌握は1933年です。図々しい事に、ナチス側は監視員役をハリウッドに置くようになったのです。元外交官のゲオルグ・ギッシングが、その役割を演じる事となります。

ギッシングの役割は簡単明瞭。映画を入念に見た上で、然る後、いかなるハリウッド映画であろうと「ドイツの名声」を損ねるような内容なら駄目とナイン(No)と言うのが役周りでした。

槍玉に挙がったのが「欧州の狂犬」(The Mad Dog of Europe)という映画。映画史上に残るオーソン・ウェルズの傑作「市民ケーン」の脚本を書いたハーマン・J・マンキーウィッツが物語を手がけた作品でして、ドイツのユダヤ人家族の迫害ぶりが余す事無く描かれていますs。

この映画制作にハリウッドの撮影所は関与していなかったのですが、ギッシングは当時のアメリカ国内での配給に必要なコード(日本の映倫みたいなものなのでしょう)を司るヘイズLAセンターという所にねじ込みます。センターの検閲官を務めていたジョゼフ・ブリーンという人物は、次のような覚え書きを残しています。

「この国に於いては、非常に大勢のユダヤ人が映画産業で活躍している為、こうした映画作りが横行しているのは確かだ。ユダヤ人が仲間と総出で背景に回り、自分達のプロパガンダ目的で娯楽を装い反ヒトラーの映画を作っているのだ。故に、業界自体が一握りの連中の操作によって非難されかねない」

 

ターザン映画も禁止、驚愕の理由とは

「一体、アンタはどっち向いて仕事してるんですかっ」って感じの書簡ですね。そこまでしてドイツ市場が大事だったのか。

ともあれ、この異様とも言える警告をハリウッド側では深刻に受け止めました。くだんの「欧州の狂犬」はお蔵入りとなったのです。そしてこれが「コラボレーション」の転換点となりました。以後、アメリカ国内での反ユダヤ感情を刺激するような題材を避けるようになったからです。それが、ある種の道徳主義を装うまでになったと言うのですから、酷い話です。

で、こうなると業界自体が袋小路に陥ってしまいます。ナチスの四角四面の正義(同時に不合理でもありますが)が、アホみたいな事態を生んでしまったからです。

例えば、当時世界中で大ヒットしたキング・コングの上映はオッケーだったものの、「類猿人ターザン」(Tarzan the Ape Man)は駄目というお達し。その理由が凄い。「実質、猿に等しいジャングルの人間(つまりターザン)が、そうでない人間(相手役のジェーン)の心を揺さぶり、結婚を決意させるまでに至っている。これはドイツ国家社会主義の人口政策に反する内容である」云々。

…二流どころの芸人のギャグを彷彿させる寒さですね。

しかも、1932年に制作されたギャング映画「スカーフェイス」もまた、市民社会への脅威であるという別の理由を付けて上映禁止となってしまいました。

こうなると、もう意味分からんって感じですね。アメリカ国内のギャングの話が、何でドイツの市民社会に脅威となるのでしょう?

 

 悪夢のような干渉が6年間も

こうしたナチス側のご都合主義と、ハリウッド側の臆病が、結果としてアーワンド氏の言う「コラボレーション」を生み出してしまいました。しかもそれが、1933年から39年まで続いたというのですから、悪夢のような話です。ナチスにしたら、世界的に人気のある映画を制作している連中が自分達を悪役に仕立てるなんて断固として許せないところ。なので、ハリウッドの映画制作を実に用心深く監視していました。

一方、ハリウッドの側からしたら、手ぐすね引いて待っているギッシングとブリーンの存在がある以上、言う通りにしていたそうです

その最も酷い例がシンクレア・ルイス(アメリカで初めてノーベル文学賞を取った作家)の原作を基にした「ここでは起きえない」(It Can't Happen Here)でした。原作はアメリカのポピュリズムを掲げる上院議員が大統領に当選後、ドラスチックな経済改革を進める一方で、民衆を完全に支配下に置く独裁者になるという筋書き。反ファシズムがテーマですが、ナチスを連想させますのは言うまでもありません。

MGMが映画化権を取得し、脚本を請け負ったのがシドニー・ハワードという人物。このハワードの脚本を入手したブリーンは妨害活動に出ます。7ページに渡る書簡をMGMの制作部門の最高責任者であるルイス・B・メイヤーに送りつけ、映画化を断念するよう要請します。内容が「危険」であり「扇動的」だと言うのです。

ところが、この時はそれまでと少しばかり様子が違いました。メイヤーはハリウッド発の反ファシズム映画を何としても完成させたいとの情熱があったので、制作を推し進めようとしたからです。アメリカのラビ(ユダヤ人僧侶)中央評議会の映画委員会が、この映画プロジェクトの噂を耳にさえしなければ、上手くいっていただろうというのが、本書での見方。

というのも、委員会側がヘイズLAセンターに次のような書簡を出したからです。「今日の強烈な反ユダヤ主義を収束させる唯一の賢明な方法は、ユダヤ人問題を公然と語る映画を作らない事でしょう」。

要するに、ユダヤ人社会も「当時の空気を読んだ」訳ですね。ともあれ、これに力を得たヘイズはメイヤーに直談判し、その数日後に映画化は「出演者の確保が難しい」という理由で断念されてしまいます。

これに怒ったのがシンクレア。こう皮肉っています。「作品の題名は『ここでは起きえない』だけど、どうやら起きうるようだね」。

 

流れをかえたのはやはりユダヤ人

こうした流れに同調する人らを抱えながら、本来やるべきではない舵取りを続けたハリウッドですが、遂に流れを変える人物が出現します。ベン・ヘクトというユダヤ系の脚本家でした。前出のマンキーウィッツの友人に当たります(ついでに書くと、2人とも新聞記者出身)。欧州でのユダヤ人の窮状を知るや、戦争難民委員会の起ち上げに助力し、この問題に介入しないアメリカ政府に対しては、次のような断罪を下しました。

「ユダヤ人に対するルーズベルトとチャーチルの態度は、ナチスによる絶滅計画の一部として後世に残るだろう」。

なぁなぁでやってきた流れをビシッと変えてしまうのは、こうした過激な人なのでしょうね。

こうした内容に対し、アメリカ国内では大反発もあるようです。「コラボレーション」という言葉使いを非難しているのは、著名誌「ニューヨーカー」の映画批評担当のデビッド・デンビー氏で、「学術的センセーショナリズム」だとしています。出版元のハーバード大学出版会が、刊行に当たって「事実チェック」をしていないとまで書いています。

しかし、アーワンド氏の著書の幾つかの箇所については論争の余地が無いと、ガーディアン側では書いています。当時の映画界のボスはブリーンやギッシングのような人間に立ち向かう事だって出来たのに、そうしなかったではないか、と。高潔な人物として振る舞えただろうに、実際にはナチスの良いカモ役でしかなかったではないかと、記事を締めくくっています。

 

歴史は中国相手に繰り返すのか?

…この最後の下りを読んで、どうしても思い出してしまうのが、最近のハリウッドの動向です。正に歴史は繰り返す、なんですね。ただ違うのは、ブリーンやギッシングに当たる人物が、ハリウッド内にいない事だけでしょうか。

何しろ昨年、盲目の反体制活動家・陳光誠氏に対する中国当局の検閲がエスカレートし、映画「大脱走」や「ショーシャンクの空に」などの言葉がインターネット上で検索禁止ワードに指定されています

その上、中国向けに輸出される映画は、その1本1本が同国で巨大な権力を持つ国営ラジオ・フィルム テレビ管理局(State Administration of Radio, Film and Television=SARFT) の許可を得なければならないのが現状なのですから。しかも、その許可の基準といったら、何が良くて何がダメなのかが予測不可能なまでになっているので、コンサルタントを雇って対応するべきだとの声まで上がっているそうです。

ちなみに、中国ロケをする場合、撮影所内にスパイを放って監視しているとの事です。ひょっとしたら、中国はナチスに手口を学んでいるのかもしれませんね。

これを対岸の火事と笑う事なかれ。あの国では平井堅や倉木麻衣の歌も禁止対象になっているのですよ。難しい決断を下されそうなのは、ハリウッドだけでは無いのです。

どうか数十年後、今回のような批判本が出ないような毅然たる対応を祈るばかりです。

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