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週刊武春 イタリア

ピザって元々は軍用食(ミリメシ)だった? ピザーラお届けまでの時間で理解できるピザの歴史

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今やスーパーで、そして宅配で当たり前のように売られ、配られ、そして「美味しい美味しい」と、子供達の間で食べられているピザ。平和な時代の象徴って感じですけど、実は軍用食として食べられていた時代もあったんですって。で、今日のように世界中で知られるようになったのは第二次世界大戦がきっかけでした。

という訳で、ピザの歴史の歴史について触れてみましょう。

古代のローマ人が「つまんだ」ものが語源

まず、ピザという言葉の語源について。「ピザ、その歴史と伝説」というアメリカのHPによると、古代のイタリア語で「ポイント」と言う意味だったのだそうです。それが後にPizzicareという単語に変化しました。これは「ちょっとつまむ」とか「引き抜く」などの意味合いがあります。つまむって感じ、分かるなぁ(笑)。

ただ、場所についてはイタリアがルーツかと言うと、微妙なところもあるようです。フェニキア人かギリシャ人という可能性もあるのだとか。考古学者によると、今日のイタリアがある地域で、石器時代からピザの元祖らしき料理が出土していた事は確かなようです。当時のピザは焼いた石のプレートの上でパンの生地を焼き、それに折々の季節のトッピングをしていたとの事ですから、形としては今のピザに近いと言えましょう。

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ギリシアがルーツの可能性も

ただし、パン生地をプレートにするというアイディアは、ひょっとしたらギリシャがルーツの可能性も残されているとの事。ギリシャ人も平たいパン(plankuntosというそうですが)に各種のトッピングをして食べていたからです。サイトの方では、フェニキア人が考案した可能性もあるとしています。ちなみに、倹約が出来て早く食べられるという事で、労働者階級に好まれていたのだとか。イタリア人、ピンチ?

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エジプトで、そしてペルシャのダリウス大王までもが

一方、「ピザの歴史その1:ピザの起源を追跡。石器時代から中世まで」というHPによると、ルーツを含む様々なネタを紹介しています。どうも今のようにオーブンで焼くという考案をしたのは、古代エジプト人だったようですね。「引き抜く」という意味合いも、オーブンから取り出すという事にあるのかも。

それだけではなく、生地からの練り上げなどのテクニックを発達させたのも彼らだったとの事です。挙げ句にハーブをトッピングしてファラオの誕生日を祝ったりしていたとあります。つまり、ピザを食べるパーティーの原型って、古代エジプトにあったんですね〜。あぁ、イタリア人の面目が…。

しかも、冒頭にも書きましたが、軍用食として着目されてもいました。あの有名な古代ペルシャのダリウス大王が、兵士に対し装備品である金属製の楯で平たいパンを焼かせ、それにチーズやデーツの実をトッピングさせていたそうです。大王が古代の地中海世界を含む様々な地域を征服していったのは皆様も御存知でしょう。それに伴い、ピザも各地に広まりました。あぁ、イタリア人の面目が…(と、再び強調)。

やっぱピザといえばイタリアのオリーブオイル

もっとも、時代が下ってローマ帝国時代になると、各種の文献に記録されるなどしていきます。「ローマ化」が進んだと言えましょう。

例えば、紀元前2世紀から1世紀にかけて活躍したマルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス(カルタゴを敵視し、事ある毎に「滅ぼさねばならない」と演説で締めくくったのが有名な人ですね)が、ピザについて、次のように言及しています。「パン生地をオリーブ・オイルと蜂蜜をかけて、石の上で焼く」。

更に時代が下った、紀元1世紀頃のローマの美食家、マルクス・ガビウス・アピキウスが当時の料理書を遺していますが、その中でpizzaesqueと言う料理について触れています。パンをベースにチキンやチーズ、ガーリック、ペッパー、オイル、ミントなどをトッピングしたものだとありますから、ほぼ今のピザの原型ですな。

また、有名なポンペイの遺跡からは、こうしたピザに似た料理を作っていたと思しき器具が出土しています。

「ルーツは中国だ」との説も!しかも結構有力

「じゃあ、やっぱりルーツはイタリアで良いんじゃないの?」と思われる向きもございましょう。ところが、そうは問屋が何とやら。実は中国が、今日の防空識別圏同様、強烈な横槍?を入れているのです。

と言うのもです。多くの中国人はピザのルーツは中国にあると信じているからです。ネギやビングチェリーを練り込んだパンケーキが原型だと主張しているのだそうです。で、防空識別圏と違う所は、歴史家の中にも一定の支持者がいる事。ピザが中国で進化したという可能性があるのですって。

と言うのも、1295年、あのマルコ・ポーロが中国から戻ってきた際、ナポリのシェフに、この中国式のパンケーキを作ってくれと頼み込んでいたというのが、その根拠。これが中々難しかったのだそうですが、じゃあ、中に練り込むのでは無く、上に載せたらどうだと提案したのですって。そうしたら、今度は上手くいったので、以て近代ピザ=中国ルーツ説と相成ったという次第。もっとも、決着はついていないそうですが。

トマトのトッピングは、コロンブスのタマ後!

さて、ここまで読んだ皆様に於かれましては、ある種の違和感を拭えない筈。「トマトはどうしたんだよ?」。ハイ、ごもっともですね。しかし、よくよくお考え下さい。あれは新大陸原産。つまり、コロンブス以後の話となるのです。

「ピザの真実」というサイトによると、最初に載せたのは1522年。コロンブスの発見が1492年ですから、その30年後ですね。最初はナポリだったんですって。当時のイタリアの有数の港だった事もあって、またたく間に欧州全域に広まっていったのだそうです。

30年という月日が長いか短いかというのは、人によって意見もございましょう。ただ、先にも触れた「ピザ、その歴史と伝説」によると、理由もあるとの事。当時のイタリア人(特にナポリ)では、トマトに毒が入っているのではないかと思われていたのですって。あの強烈な赤色を見れば、そう思う人が出ても無理からぬところでしょうか。

なお、この時はトマトとラード、チーズとハーブという4品目での勝負。どうも、トマトを使おうと思った時代背景として、飢えでもあったのではないかと推察されます。それが結果として、近代のピザの発祥になったのであれば、正に歴史の皮肉ですね。

その後、17世紀頃からナポリ料理の定番となり、18世紀に入ると、歴史上のキーパーソンがピザを広めるきっかけを作ります。

マリーア・アデライデ・ダズブルゴ=ロレーナという方です。後のイタリア統一を果たしたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の奥様と書けば、「あぁなるほど」と思われる向きもございましょう。この長いお名前の方がピザ好きだったようで、わざわざ専用のオーブンを作らせたほど。生まれがミラノだったそうですから、既にナポリだけの郷土料理だけでは無くなり、身分の高い人にも広まっていた事がうかがえます。

それが証拠に、1889年にはエマヌエーレ2世の後継者であるウンベルト1世と、后のマルゲリータ・ディ・サヴォイア=ジェノヴァとが、ナポリのピザのシェフであるラファエル・エスポティートに命じて、3種類のピザを作らせたそうです。これにより、「ピザはナポリ」との評判が定着していったとの事ですから、イタリア版の「御用達」となりましょうか。

移民と、戦争が世界にピザーラお届け

国王が好きなくらいですから、下々の間ではもっと人気。ナポリでは朝昼晩の食事にピザが登場していたそうです。で、こうしたピザがアメリカに上陸したのは20世紀初頭。最初はシカゴでした。

街のテイラー通りでの行商人が広めたのが端緒。回転式のドラムに保存して、ホッカホッカさを保ったそうですから、工夫もしていたのですね。

その後、1905年にはニューヨークで最初の焼きピザのライセンスが下ります。で、コネチカットなど東海岸でジワジワと広まっていったものの、爆発的な流行は第二次世界大戦後まで待たねばなりませんでした。

広めたのは軍人さん。アフリカ軍団を駆逐後、連合軍がシシリー島からイタリア本土に侵攻し、北へ北へと攻め上ったのは御存知でしょう。その過程で、文字通り「味を占めた」。帰国後「あれは美味しかったなぁ」となり、イタリア系社会でのソウル・フードだったピザが市民権を得ていきます。イタリア系の著名人(マリリン・モンローと結婚したジョー・ディマジオ)らがプロモーションしたのも、拍車をかけたようですね。

ナポリのピザはEU文化遺産

そして決定打となったのが、スーパーで売られるようになった事。1957年に冷凍したピザをセレンターノ・ブラザーズという会社が開発、全米で人気を博しました。そして翌年、あの有名なピザハットがカンザスで産声を上げ、世界中に広まっていきます。ちなみに、ライバルのドミノは1967年の開業です。

思えば遠くに来たもんだって感じですね。なお、2009年にはEUがナポリのピザを文化食品遺産に指定しています。

ピザ月間があるなんて、どんだけピザなんだアメリカ人

ミシガン州の子供向けに書かれた「ピザの歴史」というサイトによると、後発のピザ・ハットが今では世界最大となっているそうです。また、10月は全米ピザ月間なと制定されているとの事。

また、3歳から11歳までの間の子供に最も人気なのがピザ。「どんだけ人気やねん」って感じですね。ただ、全世代では肉無しのピザ(つまり野菜だけ)を食べるという人が38%もいるそうです。これも、時代の流れでしょうか?

takosaburou・記 (海外メディアブログDON管理人)

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