現代企業にも通ずる上杉家のやせ我慢 売上75%減でもリストラせず!

 

IT業界というのは、まさに戦国時代である。
1~2年前まで「任天堂(幕府)の倒し方を知っているよ」と豪語していたゲーム会社が一気に売上を激減して青色吐息などはザラ。
そうした業界人は、戦国大名たちの苛烈な生き残りを知って、どうか諦めずにがんばっていただきたい。

とちあえず先人たちの経験からして、売り上げ75%減までならリストラしなくてもヘーキっす!
先人たちとは他でもない、謙信を始祖とする上杉家だ。

 

 実質1/3の減封ではあったのだが・・・

関ヶ原の戦いの原因は、家康が会津の上杉景勝を征伐するというのが始まりだった。
この時、会津藩は120万石と、当時の前田家加賀藩よりも超ビッグ。しかし、ご存知のように石田三成が敗北したため、上杉家も政治的には敗北者となった。

戦後の処理により、会津120万石から米沢30万石へ、一気に4分の1の減封。会社にしてみれば、売上が75%減になったのだから、普通はリストラをするはずだ。
が、景勝は一人としてリストラをしなかった。まさに「義の精神」によるやせがまんだ。

上杉家の美徳として伝わるこの逸話、実は少しカラクリがある。120万石と言っているが、そもそも120万石になったのは関ヶ原の前年で、それまでは越後90万石だったため、30万石分の人員などは増やしていなかった。つまり、コスト面だけ考えると90→30万石の減封である。
それでも3分の1になるのだから相当キツイ。

 

「上杉家のライフはゼロよ!」江戸時代にまたもや減封

本当に困窮したのは、江戸時代に入ってからで、景勝の孫・3代米沢藩主が25才の若さで急死したことだった。
まだ子供がいないまま藩主が死ぬと、無嗣断絶(むしだんぜつ=後継者がいなくなること)として、「お取り潰し」の筆頭要因だったのだ。

困り果てた上杉家臣たちは、亡き藩主の奥さんのお父さん、つまり舅の保科正之を頼った。
3代将軍家光の異母兄弟で、幼くして4代将軍になった家綱の後見役的な立場の人である。保科正之は色々と工作をして、見事お取り潰しは回避してくれた。

こうして危機は乗り切った……かに見えた上杉家だが、やはり無傷では済まなかった。またもや減封処分を喰らい、今度は30万石から半分の15万石へ。景勝時代からすると約8分の1である。
「もうやめて! 上杉家のライフはゼロよ」
それでも上杉家は200年もかけて借金を完済した。

 

会津戦争にまで恩を忘れない律儀な人たち 

ちなみに、取りつぶしを免れるために奔走してくれた保科さんは、なんと隣国の会津藩の初代となる。
上杉家はこのときの恩をずっと持っていて、会津戦争では当初は会津の味方として共に戦い、新政府軍に降伏したあとは必死に会津藩にも降伏を促した。

「城を枕に討ち死」としていた会津藩が最終的に開城、降伏し、山本八重らが生き残ったのは、上杉家の恩返しがあったから。

歴史は繋がっている。

長月七紀・記

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