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黒田官兵衛百物語 週刊武春 黒田家

軍師官兵衛の先祖は琵琶湖出身ではなさそうだが岡山説はどうなの?に新資料発見

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NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公の黒田家の先祖は近江(滋賀県)の名門「佐々木源氏」ということになっています。
でも、これは眉唾。江戸時代になって、大藩となった福岡藩が、捏造された史料「江源武鑑」をもとにした箔付けの結果です。

こうして、福岡藩では、なんとか佐々木源氏につながるように公式の歴史書「黒田家譜」をまとめました。これと同じような先祖捏造は徳川家康もやっているので、ことさら「ぷぎゃー」とする必要もありません。

その結果
滋賀県(近江)→岡山県(備前福岡)→<官兵衛ここから>兵庫県(播磨姫路)→福岡県(筑前博多)という風につながりました。めでたし、めでたし。(福岡という地名は、このうちの備前福岡からとりました)

ところが、「播磨(兵庫県西脇市)には黒田庄という地名があるよ。そこが出身じゃね?」と指摘する人がでてきます。で、ばれてしまい……今に至ります。たいていの官兵衛本には、そう解説されているはずです。

ここでふと疑問が…福岡のもとになった備前福岡はなんなんだよ?

 

黒田祖先、岡山在住説に光 

この点はいくつかの官兵衛本をみてもスルーされていることがほとんどです。というのも、よく分からないからです。「滋賀県はウソだったから、岡山も怪し い? でも備前と播磨は隣だし、わざわざ地名にするくらいだから証拠はないけど本当かもね」という状況でしたが、これに一石が投じられました。

岡山といえば、「武士の家計簿」の磯田道史さん(岡山出身)!本日(2014年1月29日)の読売新聞の歴史コラム「古今をちこち」にて、「黒田、岡山にいたってよ」説の新証拠を提示しています。

なんでも昨年末に、岡山に帰省中に、600年続く旧家に呼ばれて、系図類を調べていたところ、
1630年頃に81歳だった、この家出身の女性が、備前福岡の黒田太郎左衛門と結婚していたことが判明したのです。しかも、この女性の叔父さんが黒田官兵衛の重臣でのちに出奔した後藤又兵衛と一緒に、大坂の陣(1614~15)に参戦していたというのですからアツイ!

磯田さんは

官兵衛の先祖の近江出身説は根拠が薄そうだ。おそらく黒田庄・姫路など播磨の地元出身だろう。嘉吉の乱(1441年)など室町期の内乱で播磨や備前を流動 し、備前福岡にいた可能性が否定できない。播磨出身→備前福岡居住経験あり→姫路移住なら、幾分、根も葉もある話になりそうである。

と結論づけています。あいかわらず、磯田さんの周りにはキャッチーな古文書が寄ってきますね。よほど古文書をもっている旧家に愛されているのでしょう。

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五十嵐利休・記

 




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