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第一次世界大戦のミリメシ事情…まずいわ、量は少ないわ【第一次世界大戦100年Vol.10】

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近現代戦史研究家takosaburou氏の第一次世界大戦シリーズは今回で10回目!当サイトでも人気記事となった戦国時代のミリメシ(ミリタリー飯=戦闘食)がありましたが、まさか戦国時代よりはよかった…のでしょうか?(参考記事「戦場の兵士たちは何を食っていた? 戦国時代のミリメシ事情 ご馳走は「縄」です」

 

takosaburouです。「第一次世界大戦中の兵士のミリメシ事情って、どうだったんでしょう?」と編集部から問い合わせがありましたので、ちょっと調べて見ました。結論は…悲惨すぎ。訳していて、こっちまで腹が減ってきたぞ(苦笑)。

30万人の調理人らがいたものの

spartacus.schoolnet.co.ukというサイトで、当時の状況が大まかに紹介されています。

食事に苦しむ兵士たち(同サイトより)

英国の場合、ベルギーやフランスで展開する陸軍の兵士向けに配給された食糧は、総トン数で324万948トン。4年3ヶ月での数字ですので多いか少ないかは一概に言いづらいものがあります(ちなみに、こちらのサイトによると日本の外食産業の年間食費廃棄量が300万トンだそうですから、何だかなぁな数字ですね)。

一方、食糧供給や調理の人員が30万人いたそうです。と、ここらを見ると、それなりの対策を取っていたのかなと思われますが、読んでいく内に悲惨な実態が。最初の内こそ前線の兵士には1日当たり10オンス(約280グラム)の肉と、8オンスの野菜(同じく約224グラム)が供給されていたのですが、動員する兵士の数が増え、かつドイツ側の無制限潜水艦戦がジワジワと効果を上げ始めるにつれ、本国でも食糧事情がタイトとなります。

かくしてミリメシ量を強制ダイエット。1916年には、肉の量が1日当たり6オンス(約168グラム)にカットされてしまいます。

しかも、最前線に配置されない部隊には肉そのものが月の内9日間配給されなかったのだとか。

「ひもじいよぉ」と言う悲鳴が聞こえてきそうですね(涙)。

その上、主食のパンですら1917年には削減対象に。陸軍側では、兵士には1日当たり3574カロリーが必要だとしていましたが、組織内からは「もっと食べさせなきゃ」との異論もあったそうです。

参考までに、こちらのサイトのデータを見ると、18歳から29歳までで活発に動き回る日本人に1日当たり必要なのは3000カロリーだそうです。つまり、体格で日本人を上回る英国の男性にしたら、ギリギリの数字だった可能性があります。

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低カロリーな上に、まずい!

西部戦線に配属された兵士にとって辛かっただろう問題は、まだあります。味が不味かったようなんですね。肉は専ら缶詰の牛肉。コンビーフが主体。これにパンとビスケットという組み合わせでは、終いに飽きるだろうし、栄養学的にどうよって感じです。

で、これが1916年の冬になると事情が悪化し、頼みの綱のパンですら乾燥させたカブを原料にするようになったそうです。

カブのパン…あのー、グーグルで検索してもレシピが出てこないのですけど(汗)。どんだけマイナーな作り方やったんやぁって感じですね。かくして主食は馬肉が数切れ入っただけの黄色いスープに。調理する側も、次第に地元の野菜を頼りにするようになります。イラクサを入れるときすらあったのだとか。

おおきなかぶ―ロシア民話(こどものとも絵本)

ちなみに、イラクサ入りのスープのレシピはこちらにありますが…卵とかバターとかが最前線で手に入ったのかなぁ。きっとこれのダウングレード版なんだろうなぁ(涙)。

最前線ですので、調理器具も限られます。スタッフは大きなバケツで賄おうとした為、得てして兵士にはお茶の味がした野菜の煮物とかが出てきたのですって。

そして、パンの場合、焼き窯から兵士に届くのに8日間もかかっていたのですって。サイトでは「だから何時もコチコチだった」とありますが、歯を折る兵隊さんとかいなかったんだろうか? ビスケットも、こういうのを解決する為のメニューだったようですね。

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最前線では「出前」が忙しく往復

塹壕でにらみ合っている分、持ち場を離れるわけにはいきません。調理した食料を、前線までケータリングする兵士がいたそうです。つまり出前。わらで編んだ箱に食べ物を詰め込み、スープ類は背中にタンクを背負ったり、場合によっては温める為の燃料も運んでいました。

こうした調理員をなるべく最前線に近く配置させるなど、それなりに配慮や工夫はしていたのですが、大概は着いた頃にはすっかり冷めていました。

ところで、こうした状況を何とかしようとした兵士もいました。小さなプリムス・ストーブというのを買い込んで、温めていたのですって。

ウィキペディア日本版によると、煤が出ないのが売りだったそうですね。前線でそんなものが出たら狙撃や砲撃の対象になっていたでしょうから、さぞかし重宝された事でしょう。

プリムスストーブ(Wikipediaより)

ようやく軍上層部でも問題視。一方、兵士は家族に悲痛な手紙を

長期化した戦争でしたので、こういう状況は士気に影響します。ジョン・モナシュ将軍は、「私は任されている部隊2万人の食料を賄うには、数千人の調理員と数百台の馬車と118台の自動車が必要だ。この問題を調査した結果、最前線の兵士には温かい粥やシチュー、コーヒーを定期的に摂る必要があると分かった」と書き残しています。軍上層部でも問題視していたのですね。

ともあれ、こういう状況ですので兵士が不満を持たない訳がありません。1915年3月18日付けでハロルド・チャプリンという兵士が、母親に次のような手紙を書いています。

「配給されるのは缶詰の牛肉。母さんも知っている、フライ・ベントスの奴だよ。それと、勘弁してくれと拝みたくなるぐらい固い固いビスケットなんだぜ。昨夜はこれに燻製とパンとマーマレードと、それにそれに不味いコーヒーだったんだよ」

ちなみに、このフライ・ベントスは今でもあります。HPを紹介してみましょう。

何か、未だに見た目が美味しく無さそうですね…と書くと営業妨害になってしまうかな(苦笑)。

ともあれ、食品の保存技術の水準が低かった時代ですので、もっぱら缶詰。野菜すら缶詰で出される場合があったそうです。その代表例がマカノッチー(Maconochie)と呼ばれる野菜の缶詰。ウィキペディアの英語版によると、スライスされた蕪と人参入りのスープで、こちらに当時を再現した画像があります。

「パッと見た限りでは普通やん」と思わせますが、実はこれが激マズ。ある兵士は「温めればまだしも、冷えているのを食うと死ぬかと思うぜ」と書き残しています。ちなみに、上記のウィキペディア英語版によると、この野菜缶詰はボーア戦争の際に行軍する兵士向けに考案されていたんだそうです。

つまり、不味いという悪評があった筈なのに、実に10年以上もほったらかしにしていたんですね。酷い話です。

イギリス軍 悪魔の大本営発表「毎日温かい肉を2回食べています」

酷いと言えば、こういう状況をドイツ側に知られてはならないと、英国陸軍では「我が軍の兵士は最前線で毎日温かい状態の肉を2回食べている」と嘘の発表をしていました。大本営発表は、英国でもあったんですね。

ところがと言うか、エエ加減にさらせと言うか、この虚偽発表には2万通に上る抗議状が前線から送りつけられたのだそうです。一応は民主主義国家と言える?

そして、この虚偽発表は地獄の釜を開けてしまった感がありました。兵隊達が、将校にはちゃんと食事が行き渡っているのに、塹壕の兵隊達は本当に酷い待遇だと主張しだしたのです。

例えば、ハリー・パッチという兵士は後年になって「我々の携行食と言えば、缶詰かビスケットが口に出来たら良い方だった。食べる事すら出来なかったんだから。前線で砲撃とか喰らっていたら、それこそ数日間も何も食べられないんだ。機関銃の編成部隊は5人単位だけど、それこそ何でもシェアだよ。自宅からの小包は助かったなぁ。お袋は食品雑貨商と渡りを付けてくれていたし」と書き残しています。

これで膠着状態が破れ、下手に前進しようものなら大変だったそうです。鉄の携行食(アイアン・ミリメシ?)と呼ばれた緊急用の食料を持たされたのだとか。その中身ですが、缶詰の牛肉にビスケット数切れ、僅かな砂糖とお茶のセット。しかも、これは将校の許可が無いと食べられませんでした。

出前の失敗で前線から退却も

こうした食糧事情で占領が長持ちする筈が無く、キッチン・スタッフと呼ばれる兵士が出前に失敗した場合、前線の兵士は分捕った領地から退却を余儀無くされる事もあったのだそうです。

…戦後、英国や欧州で大規模な平和運動や反戦運動が起きた理由が、何となく分かる話のオンパレですね。量は少ないわ、不味いわ、果ては口にも出来んわ、差別待遇があったわでは、「あんな思いは俺達だけで沢山!」「英国とドイツは2度と戦争をしたらアカン」という心情が生まれるのは当然でしょう。
それを悪用したのがヒトラーだった訳ですが、果たして第二次世界大戦のミリメシ事情は如何にって感じですね。あ、こういうのがあったから、少しは改善された?

takosaburou・記

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