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「戦争らめぇ!ビールが飲みたいよう」英国紳士の切なる叫び【第一次世界大戦100年VOL.16】

更新日:

 これまで15回の第一次世界大戦の話を書いてきましたが、「戦争は駄目だ」と、ただ言い続けるだけでは説得力がありませんよね。
 もう少し工夫して書かねばと反省を踏まえて、これならどうだと言うのを1つ。100年前の1914年に開戦した第一次世界大戦のビールを飲めない状況を報じている英国の新聞のまとめサイトみたいなのがあったので、それを紹介いたします。

 

呑み助として、読んでいて切なくなりました(涙笑)。

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戦費調達で狙われたビール税

 

何時の世もそうですが、戦争にはカネがかかる。しかも、第一次世界大戦は予想外の長さと人員動員となってしまった分、余計に出費が嵩みました。

 

そうなると、お約束なのは嗜好品への課税強化。かくして左党が受難の憂き目に遭います。増税に当たっては「お国のため」("national interest")と言いながら、何度も挙行。しかも、鉄製の瓶のキャップにまで課税していたと言いますから、何ともセコいと言うか、抜かりないと言うか。

 

さして給料の良くない労働者階級にしたら、エエ面の皮。で、こうした左党の血の叫びを、当時の新聞が記録していたのです。幾つかピックアップして紹介してみましょう。

 

■昨日のビール価格(週刊ディスパッチ紙 1917年4月8日付け)

 

下記の記事は、政府がたった今実行した新しい規則である。読者の皆様は、この措置にどのぐらい立腹なさる事だろうか。

 

 

世の歴史の中で、私どもを喜ばせる事例は極めて少ないのが実情だ。その重要な事例として、労働者の「朝のパイント」に言及するのは、奇異に思えるかもしれない。しかし、である。第一次世界大戦前には別の酒文化があった事を示す証拠でもあるのだ。当時はスピリッツを常に飲む事が悪漢どもだけでなく、堅気の方々に認められていたのだから。

 

ロンドンのパブでビールを出している店が今では希になった。それもこれも首相による価格値上げ合意のせいだ。そこには生ビールの運搬人やボトル入りのラガーの存在は一切考慮されていなかったのである。

 

ドイツとの3年に渡る苦い戦いは、ラガービールの需要をも殺してしまったのだ。戦時下のあるパブのドラフトビールの選択肢は、一応多岐に渡っている。マイルド、ビター、スタウト、バルトンなどなど。それぞれが違ったキャラクターのビールである。しかし、私にはそれらとは違う十分の数パーセントのビターなアルコールが半ダース欲しいのだ。

 

「現在の価格は月末には下がる気がする。兆しは無いけどね。いや、ひょっとしたら、値下げは21世紀かも」と、ある店主は言っていた。

 

こういう怒りに任せて筆を走らせるのは、デスクなどから厳に戒められる筈なのですが…お気持ちは十分理解できますなぁ(涙)。この新聞では、よほど腹が立ったのか、その後も何度も記事にしています。

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■なぜビールは、かくも愛しいのか? (週刊ディスパッチ紙 1917年8月26日付け)

 

我々全員が、これを自問自答した。1バレルのビールのコストが40セント。そして得られる利益が8セントから10セント。それが戦前のちっぽけなパブの売り上げだったのだ。ガバメント・ビールたる名称は素敵に聞こえるが、その実、一向に機能していない。数部屋あったパブを、今なお覚えている。「ビールとは食事そのものだ」。このスローガンは、多くの愛飲家にとって今や余りにも辛く耳に突き刺さる。

 

…この記事を朝方に訳していますが、何だか強烈に飲みたくなってきた。その迫力ある筆致の恐ろしさよ!

 

 

 

■ビールに関する疑問(ニュース・オブ・ザ・ワールド紙 1918年8月28日付け)

「労働者にとってビールは必需品なのだ」。1918年の食糧管理庁との対話での台詞である。長官には(英国という国家の)戦車のエンジンの中におられないようだ。ニュース・オブ・ザ・ワールド紙のジャーナリストの間では、「最低」という言葉が今なお人気となっている事を請け合いたい。

 

と、他の新聞でも当時のアルコール行政をボロクソに批判しているのが分かります。もっとも、これには少し解説が必要かも。

 

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ビール値下げで殺到?

 当時、待ち望まれていたビール価格の値下げをする動きがあったのです。それは良しとして、懸念されたのが殺到するであろう国民の需要に応えられるかどうかという問題。これについて、当時の食糧庁長官のJ. E. クライネスが、「国民の合理的な需要に十分応える供給となれるかについて最も懸念しております。我が国に輸入される穀類の量は利用出来る船のトン数により必然的に制限されます。パンに使う希釈用の大麦の需要や、畜産動物用の飼料としての大麦のカスも緊急に必要とされています。こうした状況に鑑みるに、ビール用の大麦割り当ては絶望的だとせざるを得ません」と言ってしまったのです。

 

当人は労働者にビールが必需品だと分かっており、国を挙げて要求があった事も知っていました。本当に込み入った問題だし、皆に理解して貰うのは難しいに違いないと、記事では一応同情的な所も見せています。

 

水っぽいビールになっていた?

 

で、記事を更に読み進むと、どうも水っぽくなっていた節があるのですね。

 

戦前のビールは大麦の比重1055の基準で年産3770万バレルが消費されていたそうです。ところが勃発した後は、比重こそそのままでしたが、生産量は1260万バレルに激減。で、窮余の一策だったのか、比重を1030未満に下げて造ったビールがスタンダードとして220万バレル売り出されていたそうです。 その後、比重は1027.5になり、更に1011にまで低下していきました。

 

1034以上のビールは天井知らずの値段で売られていたと、同紙は報じています。切なすぎる! そりゃ、最低って言われもしますわね。政府側も、比重を上げようと努力はしていたようですが。

 

こうした論陣には、後にデイリー・エクスプレスとイブニング・スタンダード紙も参戦したそうですから、国民の怒りの凄まじさが分かる気がします。食糧庁の行政の迷走ぶりは、飼料として受け取る筈の農家も混乱させる結果となり、こうしたビール戦争報道に新たな領域を加えていきました。

 

また、「不味いぞ!」と言われる事に辟易した当時のビール醸造協会の会長が、食糧庁長官に抗議状を提出する一幕もあったそうです(デイリー・ニュース紙 1918年9月7日付け)。

 

で、興味深いのが、その日付。同じ月の28日には、ドイツ帝国の大本営がアメリカに講和交渉を行うよう決定するなど、完全に終盤戦でした。

 

ちなみに、11月にドイツのキールで水兵が反乱を起こし、革命となる訳ですが、こんな抗議状を提出していた所を見ると、英国も英国で不穏な状況だったのでしょうね。酒の恨みは怖くてヤバイ? いやいや、何度も書きますが、やはり戦争はしてはいけないんですって。アル中として、心からそう叫びたい(苦笑)。



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