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第一次世界大戦の様子(Wikipediaより)

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100年前にもいた「愛(宗教)ゆえに徴兵拒否」した人たちの末路【第一次世界大戦100年Vol.19】

更新日:

良心的徴兵拒否者という存在があります。宗教的な理由などから、銃を取るのを拒否する人達です。ベトナム戦争の頃から日本などで知られるようになりましたが、実は第一次世界大戦でもいたのです。

イギリスBBCや、こうした人達が組織するconscienceonline.org.ukなどが、100年前の彼らの様子をリポートしています。 

こうした人達が、後に当時の様子を語る事は希だったそうで、それ故に今まで知られていなかったようです。 

数少ない例外が、以下に挙げるバーナード・ローソンでしょうか。息子のクリス・ローソンさんが証言を寄せています。ちなみに、クリスさんは御年76歳。歳月の流れを感じさせますね。

ローソンさん(BBCのHPより)

イギリスの1万6000人の拒否者に投げつけられた罵声

当時、英国には徴兵法が敷かれ、戦地に旅立った兵士は250万人いました。一方、こうした良心的徴兵拒否者は英国に1万6000人いました。「行きたくない」と言っても「あぁそうですか」とは、当然なりません。徴兵法違反とされ、法廷に立つ事となります。その法廷の場では、「臆病者め」と非難する傍聴者が大勢いたそうです。そんな中で、拒否の理由を説明するのは簡単では無かったと、当時の様子をデータベース化している作家のシリル・ピアレス氏は語っています。

 

バーナードの場合は、上告審までもつれ込みますが、最終的に「条件付きで免除」との判決になります。フランスで負傷した兵士を治療する救急部隊の配属となったからです。つまり、こうした拒否者もまた前線に送られていったのです。

救急部隊の写真(BBCのHPより)

 

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自宅から遠い場所への強制移住も

 

もっとも、他の人達に同じ判決が出ていた訳ではありません。拒否した場合、軍法会議にかけられますし、前線から逃亡を試みたら銃殺刑だったからです。

 

英国の第一次世界大戦の歴史家であるゲリー・オラム氏によると、息子を失った人達は、こうした拒否者に特に厳しい目を注いでいたそうです。そりゃそうでしょうね。「息子は戦死したと言うのに…」との思いが立ってしまうのでしょう。

 

こうした空気の中、拒否者への制裁措置も強化されていきます。自宅から100マイル以上離れた所に強制的に住まわされ、道路や地域工事に従事させられました。ただ働きではなく、一応は前線の兵士と同じ給与が貰えたそうですが。

一方、バーナードとは別に、一切の協力を拒んだ人もいました。トム・アトリーという絶対反戦主義者は、1917年1月から1919年4月まで刑務所に入れられています。

トムさん(BBCのHPより)

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徴兵拒否者の弟は首相にまでのぼりつめる

孫娘のキャス・アトリーさんによると、弟さん共々召集令状が来たものの、弟さんは大人しく従って前線に赴きます。その後、負傷して政界入りし、後には首相にまでなります。

そう、あの有名なクレメント・アトリーなのです。「揺りかごから墓場まで」を提唱し、福祉政策に力を入れた人物として歴史に名を残していますよね。 

弟さんは戦地にいき後に首相、そして伯爵に(Wikipediaより)

で、トムの方は「クリスチャンとしての良心に従い」あくまで拒否。その結果、ロンドンの建築家としての地位を失い、一家はコーンウォールへの移住を余儀無くされました。なお、証言を寄せてくれたキャスさんは、現在パックス・クリスティという国際カトリック平和組織のメンバーとして、同じく良心的拒否者となっています。

 

「資本家どもの戦争などゴメンだ」→やっぱり刑務所

 

宗教的理由だけでなく、イデオロギー上の理由で徴兵に応じない人もいました。イレイザー・トーマスという社会主義者が、そうした1人でした。第一次世界大戦を「資本家どもが起こした戦争であり、利益を得るのは帝国主義者だけだ」と見なしたトーマスは、召集令状を拒み、ダートムーア刑務所に送り込まれ、労働作業を強制されます。

孫のシンディ・シャーキーさんによると、家族も刑務所近くに引っ越したものの、「臆病者」を意味する白い服を着せられての作業だったので、とても目立ってしまい、支援の手を差し伸べられなかったと、祖母が生前に語っていたそうです。 

しかも、地元の人による家族へのいじめがとても酷く、ドアが壊されたり侮蔑されたり、果ては聖職者ですら助けを拒む有様だったとか。

 

トーマスさん(BBCのHPより)

ユダヤ系詩人「ドイツ人を殺したくない」→やっぱり刑務所

 

ジョンロッカーさん(Wikipediaより)

アーネスト・ロッカーさん(77歳)は、祖父のジョンの事が忘れられないそうです。「こう言うのは勇気が要ったからです。『そう、自分は英国のためにドイツ人を殺したくない』と」。

ジョンはユダヤ系で、戦争勃発当時は20歳。イースト・ロンドンで詩人となっていましたが、生活は楽ではありませんでした。発言に政治的な信条などはなく、1人の芸術家として戦争を拒んだのです。当然、逮捕され、刑務所行きとなりました。

しかし、節を曲げる事無く、1950年代には核戦争への反対を表明するに至ります。

広がる拒否者、第二次大戦では6万人に

 また、こうした反戦運動に次第に共鳴する人も出てき始めました。第一次世界大戦時には良心的徴兵拒否者は1万6000人超でしたが、これが第二次世界大戦時には6万人にも膨れ上がっていたからです。また、アメリカではベトナム戦争中に、こうした形での拒否者が数万人規模になっています。「嫌がらせも影を潜め、今ではすっかり馴染んでしまった感じだ」とアーネストさんは話しています。

実際、先にも書いたトム・アトリーにも名誉回復がなされており、その事をキャスさんはとても嬉しく思っているそうです。もっとも、徴兵法が廃止された現在、それを拒む事が何を意味したかを若い世代に話しても、なかなか分かってくれないのが悩みなのだとか。

クリス・ローソンさんも、「軍隊に関するイメージが良い今では、こうした話を質問したがる人も実質的にいないしね」と話しています。

色んな意味で、時が流れ去っていったのでしょうか。ウクライナや南シナ海が、新たな火種となりませんように。

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 南如水・記(近現代戦史研究家)




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