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神武天皇と八咫烏(Wikiより)

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サッカー日本代表チームのシンボルマーク「八咫烏」について調べてみた

更新日:

 

正直私はそんなにサッカーに興味がないので、選手の名前もルールもよくわかりません。

でも世界の一流選手のプレーを見ていると、やっぱりカッコイイなあ、昔はこんな闘争心と運動神経と肉体美を持った武将達が戦っていたのかなあ、などと妄想してしまいます。

そうするとだんだんと選手達が鎧兜に身を包んだ戦国武将に、サッカーコートが関ヶ原へと、頭の中で妄想が加速していきます。

 

誰が石田三成?  家康は?  島津の退き口の戦法は?  長州毛利は?

そしてふと気になったのがサムライ・ブルーのユニフォームに印された旗印、そう「八咫烏(ヤタガラス)」。

ご存じ日本サッカー連盟のトレードマークですが、何故、八咫烏? …ということで、八咫烏について調べてみました。
八咫烏-提灯の神紋-熊野神社 (港区麻布台)
八咫烏-提灯の神紋-熊野神社 (港区麻布台) posted by (C)Rubber Soul

 

九州を出発するまでの天皇家の長~いお話

ヤタガラスは天皇家の創世記、いわゆる「日本神話」にでてきます。カラスと出会うのは初代天皇の神武天皇なのですが、たどり着く前にながーいプレストーリーがあります。

1)日本列島や太陽や月や火など、ありとあらゆるものを作った、伊邪那岐神(イザナギノカミ)と伊邪那美神(イザナミノカミ)のご夫妻

2)天皇家の祖先神・天照皇大神(アマテラススメオオカミ)、伊勢神宮のご祭神です。

3)天忍穂耳尊(アメノオシホミノミコト)。英彦山神宮(福岡県田川郡添田町)のご祭神です。あまり逸話がないです。

4)天孫降臨で有名な瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)。霧島神宮(鹿児島県霧島市)のご祭神です。ニニギノミコトは稲穂と三種の神器を持ち、天上界から高千穂峰(宮崎県・鹿児島県)に降臨したと言われています。つまりここまで天上界の神様。

霧島神宮HPより

で、地上におりたニニギノミコトの奥様は、美人で有名な木花咲耶姫尊(コノハナサクヤヒメノミコト)、富士山の神様としても有名ですね。

実はコノハナサクヤヒメの父・大山祇神(オオヤマツミ、全国の山の神様なのになぜか瀬戸内海に浮かぶ愛媛県の大山祇神社の神様)は、ヒメと共に姉の磐長姫(イワナガヒメ、こちらは浅間山の神様)もニニギノミコトに差し出したのですが、姉のほうは、醜かったため送り返されてしまいました。

…神様も顔でそんな差別をするんですねw  鹿児島県の霧島神宮のご祭神です。

5)彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)、またの名を山幸彦。兄の海幸彦に意地悪されて困った山幸彦が、海の神様の助けを借りて海幸彦を負かしてしまうという、『山幸彦・海幸彦』の物語でも有名です。
鹿児島県にある鹿児島神宮のご祭神です。

そして彦火火出見尊の奥様が、綿津見国(わたつみこく)の海神の娘・豊玉姫(トヨタマヒメ)。お子さまを出産する時、産屋の屋根造りが間に合わなかった方です。海神の娘なので、出産の時にサメの姿になった、とか言われています。

6)鵜鷀草葦不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)。お産まれになる時、産屋の屋根に鵜の羽を敷くつもりだったのに、敷くより早く産まれちゃった、という神様です。宮崎県の日南海岸にある鵜戸神宮のご祭神であらせられます。

鵜戸神宮HPより

7)そして神倭磐余彦尊(カムヤマトイワレヒコノミコト)、つまり初代天皇・神武天皇であらせられます。九州の宮崎県に宮崎神社という神社のご祭神です。

 

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神武天皇の東方遠征はめちゃくちゃハードだった

 アマテラスより5代あとのカムヤマトイワレヒコ、つまり神武天皇は、日向の国(現在の宮崎県)でお生まれになりました。日本書紀では4男ながら、生まれつき聡明で武にも長けた方だったので、15歳で皇太子になり、日向で奥さんももらいました。

そして45歳の時、お兄さんたちと相談して、都を中央に移そうと日向をご出発、九州を海路北上、更に瀬戸内海を進み、難波の港(大阪湾)に到着、さらに川を遡り河内国の草香邑(くさかのむら)に上陸します。

しかし生駒山をこえて奈良方面に進もうとしたのですが、生駒を本拠地とする長髄彦(ナガスネヒコ)がなかなか降伏しない。さらにお兄さんの五瀬命(いつせのみこと)に流れ矢があたります。

神武天皇は「私は太陽の神の子孫なのに、西からお日様の昇る東に向けて攻めるのは良くない。いったん退いて西から東へ進むことにしよう」ということで、海路で紀伊半島をぐるりとまわることにしました。

 

次々に亡くなる3人の兄たち 自分もまさかのスリープの魔法で

途中、矢にあたったお兄さんが亡くなりました。

さらには暴風雨にあって船団は漂流。なんと残りのお兄さん二人(稲飯命と三毛入野命)も海の底へと消えてしまったのです。最初から神武天皇が天皇になるように思われてますが、結果的に末弟だけが生き残るという事態になったのです。

そして艱難辛苦の末に熊野に上陸しましたが、そこで地元の神の毒攻撃(永遠の眠りにつくスペル)にあい、全滅してしまうのです。。。

ここで見かねたアマテラスが夢を通じて、高倉下(タカクラジ)さんという地元の人に眠りの魔法を断ち切る剣を預け、復活させます。

しかし、熊野の山は険しく迷子になってしまいます。そこでアマテラスが2度目の手助けをしてくれました。 それがガイドとしての八咫烏(やたのがらす)の派遣です。

神武天皇と八咫烏(Wikiより)

神武天皇と八咫烏(Wikiより)

カラスの道案内によって、遂に大和の国を中心とした「中つ国(なかつくに)」を平定することができました。

そして日向をご出発になられてから7年目の正月朔日(ついたち)、畝傍の橿原の地(現在の奈良県橿原市)に、宮殿(明治時代に比定地の現在地に建てられたのが橿原神宮)を建て、第一代の天皇にご即位されました。と、ながーい物語の末に、ようやくヤタノガラスがでてきました。 

 

八咫烏とは勝利への道を示してくれる神様

和歌山県には熊野三山と呼ばれる、熊野那智大社、熊野本宮大社(本宮)、熊野速玉大社(新宮)があります。ご祭神は、ニニギノミコトの御兄君の天火明命(アメノホアカリノミコト)で、あわや全滅の時に助けてくれたタカクラジはその子孫です。

ヤタノガラスは、熊野本宮大社では「神の使い」として祀られています。神武天皇東征の時、険しい熊野の山中を案内して天皇の勝利を導いたことから、「勝利の神様」とも言われています。ヤタノガラスが直接、敵を撃破したわけではありませんが、選手たちに勝利の道を指し示して、その実力を発揮させるのがヤタノガラスのお仕事なのでしょう。

2011年のFIFA女子ワールドカップで「なでしこジャパン」が見事世界一に輝いた時も、決勝戦の前日にチームから依頼があり、ここで必勝祈願が行われました。そして後日、澤穂希さんがお礼参りに来ました。

そして今回のブラジル大会でも、もちろんここで必勝祈願が行われています。 八咫烏は神様の使い、そして勝利の神様。

艱難辛苦を乗り越えて、頑張れ!日本代表!

naoko・記



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参考

意外と優しい!? 織田信長さん



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