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第一次世界大戦で新聞を読むイギリス兵士(同紙HPより)

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記事を密輸!検閲と戦った新聞記者【第一次世界大戦100年Vol20】

更新日:

2014年が第一次世界大戦勃発100年という事もあり、欧州各国の新聞社では専用欄を設けてHPに配信している社が増えました。

 

今回は、アイルランドの新聞のページに載せられた話を紹介しましょう。

第一次世界大戦で新聞を読むイギリス兵士(同紙HPより)

第一次世界大戦で新聞を読むイギリス兵士(同紙HPより)

 

「速報! ベルギーとフランスとの国境で激戦」

 

アイリッシュ・インディペンデント紙では、100年前の8月4日号から記事を抜き出しています。当時の風邪薬メーカーとして有名なビーチャム(現在はグラクソ・スミスクライン)の広告などが横に載る中、欧州での戦争勃発を告げていたそうです。

 

当時の新聞ではドイツがベルギーを攻撃した国境紛争ニュースが1面に…これはWW1の一部なのだが(同紙HPより)

 

「速報、ロンウィ激戦。勇敢なる防衛」

1面には、そう短く載っていたそうです。ロンウィとはベルギーと国境を接するフランスのロレーヌ地方の街。ドイツの騎兵部隊が5〜10の集団でベルギーを「宣戦布告抜きで」攻撃したという記事に続いていきます。

 

当然、大事件ですので、大々的な展開となる筈ですが、関連記事は5ページ目まで出ません。しかし、それが重大ニュース!

 「英国政府、重大な決定。最後通告に不満足なる回答。ドイツ、フランスとベルギーに宣戦布告」という見出しと、「英国は、最後通告を発したドイツが寄越した回答を不服として、同国に戦争する事を昨夜決定した。また、ドイツもフランスとベルギーに宣戦を布告し、かくしてフランスとドイツと三国同盟を結んでいる国々との間で戦闘状態に入った。ただしイタリアは除かれている」。

 

局地戦が1面で第一次世界大戦勃発の局面の記事はなんと国際面。状況がはっきりしなかったことがわかる(同紙HP より)

 

こっちの方が大ニュースやんか!

 

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通信社頼みの地方紙の海外報道

 

ドイツ側によるベルギーの中立は保障されず、ドイツの駐英大使には帰国のパスポートが用意されました。なお、戦争に突入したのは8月4日午後11時。緊迫感が伝わってきますね。

 

もっとも、当時の同紙は海外報道は通信社頼み。どうやら特派員を送っていなかったようですね。もっとも、英国でも状況は似たようなものでして、有名なデイリー・テレグラフやデイリー・プレス、スタンダードなどの新聞も通信社に頼っての報道でした。

 

そうした中での工夫というか、当時100万部を誇っていたデイリー・ミラー(戦時中、1番読まれていた新聞でした)では、駅で恋人と別れ前線に向かう兵士の様子を挿絵付きで紹介するなどしていました。

「我々は傍観しない! 英国はドイツの艦隊がフランスの防護されざる海岸を蹂躙するのを許さない」と記事では煽っています。

 

翌5日になると、デイリー・エクスプレスは次のような記事を載せます。「英国は各員がその任務を果たす事を期待する」。有名なネルソン提督の、トラファルガー海戦で発した旗流信号の文句を使い、召集令状が来た男性を激励・鼓舞しています。

 

「下院での審議は、心揺さぶられると言うに値する。議員らは英国に新しい勇気を吹き込んでくれたのだ」と記事は続きます。

 

そして、後に凄まじい死傷者数に唖然とする訳ですが…。

大西洋の対岸アメリカでは、どう報じていたか?

 

さて、アメリカではどう報じられていたのか? 議会図書館が主導する当時の新聞のデジタル・アーカイブによると、次のような感じだったそうです。

 

「英国、今や大戦争に」と報じていたのは、アメリカ西海岸のタコマ・タイムズ。1面を使って「銃火が欧州でどれぐらい酷くなるか」を予測した記事だったそうです。

 

「ドイツ、フランスとベルギーに宣戦布告」と、ストレート・ニュースとして報じたのがオレゴン州のイブニング・ヘラルド紙。「ドイツの皇帝は名誉を守る為に戦うと発言。在米ドイツ人から資金が本国に送られる」状況だったそうです。

 

ともあれ、どの新聞も急に勃発した関係もあって特派員を送れない状況でした。これを上手に利用したのが当時の英国政府。戦争ではお約束の検閲をしたのでした。陸軍省には新聞の検閲が許され、違反者には利敵行為を働いたとして最悪の場合、死刑を宣告する場合があるとの通達を出しました。

 

かくして、前線に到達した特派員が記事を送稿しても、検閲にかけられてしまうようになりました。

 

検閲が始まるが原稿を密輸して対応する猛者も

 

もっとも、やられっぱなしで済まさないのが新聞という稼業の方々。当時もそうだったようで、秘密取材で書き上げた記者の原稿を本国に密輸してドッカーンと1面で報じる社もあったそうです。

 

実際、こういう事をしでかして逮捕された記者は多数いたそうです。そんな1人がフィリップ・ギブス氏。このアイリッシュ・インディペンデント紙の特派員だったようですが、「もしあくまで取材を続けるなら、宜しくない結果とあいなりましょうぞ」と、英国側から恫喝されていました。

 

かといって、反英・親独的な論調では無く、あくまで特ダネは特ダネとして掲載したいというのが、当時の同紙だったようで、ドイツに対しては非常に厳しく、かつベルギーの勇戦ぶりを絶賛していました。

 

この姿勢は他紙も同様。例えば、デイリー・テレグラフでは8月6日にブリュッセルに特派員を赴任させ、フランスのリエージュでの「激戦」ぶりを褒め称え、戦況は「ドイツの攻勢に反撃しており、ベルギー人に好ましい。ドイツ側の砲撃は防護陣地を粉砕していないし、ベルギー軍機に比べてドイツ軍機は性能面で劣る。稼働中の事故も無いが、敵はそうではない」と報じていました。

 

「ドイツ側は恥ずべき行為にも出ている。ベルギーのヴィゼで、市民を巻き込んだ砲撃をしてしまったのだ。街に残ろうとしていた住人は、避難を余儀なくされている」。

 

後に当たり前となる、一般市民を巻き添えにした戦況を、最初の頃は問題視していた事が分かりますね。

 

参戦したアメリカの新聞「ドイツ人を狩り出せ!」

 

さて、1917年4月6日にアメリカが参戦します。当時のニューヨーク・トリビューンは次のように報じています。「アメリカはアルマゲドンに突入。戦争状態を宣言。全軍が展開中」との見出しに「ドイツ人を陰謀家として狩り出せ」と煽っています。(

(アメリカ参戦のきっかけにはルシタニア号の沈没があります「恫喝されて沈められ…タイタニックに負けず劣らず悲惨だった豪華客船「ルシタニア号」の末路

ルシタニア号沈没を報じるニューヨークヘラルド紙(同紙HPより)

 

…皆が皆、悪人でもないでしょうに。こういうのは如何なものか。

 

一方、デイリー・ミズーリアンという新聞では「米、公式に戦争状態へ」との見出しで、当時のウッドロー・ウィルソン大統領が陸軍を増強し、200万人を徴兵する計画であると報じています。凄い数ですけど、何人が帰らぬ人となってしまったのでしょうか?

 

さて、1918年11月12日に終戦となると、アイリッシュ・インディペンデントでは「輝かしき休戦」との見出しで、

「民衆に安堵の溜息、全土に喜び。カレッジ・グリーンでは多くのトリニティ学校の生徒がラグタイムの調べに合わせて踊り、3人の妙齢の女性と中年男性2人が浮かれ騒いでいた」とあります。

 

記事にこそありませんが、戦争にウンザリしていた様子が見て取れますね。

その後、休戦の詳細が明らかになると、こう報じられていたそうです。「大戦争が終わる。残酷な悪夢も終わる」。これは、検閲に泣かされた当時の編集部の本音でもあったのでしょう。

 

それから100年、骨と血と涙の上に、我々は何を学んだのでしょうか?

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