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週刊武春 WWⅠ百年

100年前の8月23日にドイツに宣戦布告した日本の海外報道の内容とは【第一次世界大戦100年】

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第一次世界大戦中の新聞をオンライン上で再掲載する試みをカナダのトロント・スター紙も行っています。その中で、当時の日本の動きを報じている紙面があったので紹介してみましょう。1914年8月19日の新聞です

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開戦間も無い頃だったので、矢張りトップ扱い。で、この日の関心事はと言うと、日本の出方だったのでした。
<英国に触発されてドイツに最後通牒を送ったのでは無く、作戦は極東に限定されるだろう><アメリカも、日本の行動を保証した>等の見出しが踊っています。

実際の宣戦布告は8月23日で、海軍が地中海で護衛任務に当たっていた事を思えば、興味深い記事ですね。

ロンドン電として、当時のエドワード・グレイ外相がアメリカの国務省に書簡を出し、その中で日本の対独宣戦布告に対する英国の立場について説明していた事を報じています。

当時の日本の出方はアメリカ国民の不安をかき立てるのではないかと懸念する向きが、英国の政界上層部にあったそうです。特派員は、「宣戦は英国側からそそのかした訳では無いが、大事なのはどのように始められるのか、そして理由がまだ分かって無いという所にある」と記しています。

 有り難いけど、困惑も

特派員というのは、今もそうですが、こうした大きな動きがあると駐在国の新聞関係者に探りを入れます。で、この時もそうしていたようですが、英国の新聞界は日本は宣戦布告をするとしても、もっと後だろうと予測していただけに、意外な感じを持っていたようですね。そして「迅速に英国の援助に来る日本を、手放しに賞賛している訳では無い」と、特派員は当時の英国の新聞界の受け止め方を解説しています。

もっとも、日本側も心得ていたらしく、根回しをしています。大使館の方で、アメリカの不安を刺激する積もりは全く無いと声明を発していたからです。中国の領土に関する主権も保証するし、領土の拡大を意図していないとも保証していたそうです。

実際にはそうならず、後の21か条の要求や五・四運動など中国のナショナリズムに火を付けてしまう結果となる訳ですが…。

 

五四運動でデモ行進する北京大学の学生(Wikipediaより)

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どさくさにまぎれてなにかするのではの予感→的中

英国側としては、日本の行動は中国の主権を侵害しない事をワシントンに保証して安心感を持って貰いたかったようですね。

普通ならアメリカ政府にそこまでする必要性は無かったのですが、出来れば日本の今後の行動に何らかの保証をしておいた方が得策だろうとの考えが英国側にはあったようです。

「日本のドイツへの宣戦という可能性は微妙で、予断を許さないが、英国側は許さないだろう」と、特派員電は続きます。「英国と連携しても、その行動は中国の近海に限定される事でのみ保証されよう。同時にそれがアメリカの要求を満たすだろう」と、記事は結ばれているそうです。

当時の太平洋の対岸の動きを、西海岸に多くの日本人移民を抱えていたアメリカとカナダが注視していた事が窺えますね。「どさくさ紛れに何かしでかすのでは」といった警戒感もあったのでしょう。

その警戒感は、後に現実化する訳ですから、外れたとしても載せた意義はあったのかも。それにしても先行きを読むのは、当時も今も難しいのでしょうね。

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