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もう愛なんて信じない! 直江兼続の【兜】に秘められた恐ろしい神様

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主君を愛し、妻を愛し、友を愛し、ふるさとを愛し、民を愛する、愛の武将・直江兼続。
美しいよね。なんといっても、この愛を貫くために、兜の飾りに「愛」の1文字を使ったのだから。もし兼続が天下をとればラブアンドピースが江戸時代の標語となっただろう。

って、もちろん、そんなワケはございません。

戦国きってのイケメン(イメージ)武将/絵・富永商太

戦国きってのイケメン(イメージ)武将/絵・富永商太

 

愛だけじゃダメ 雲にも注目しなくちゃね♪

戦国ファンの皆さんでも、もしかしたらこの愛の存在を【曖昧にしたまま】真実に気づいていないかもしれない。兼続の兜の「愛」の下には「雲」があることを。この雲の上に、仏さんの名前の1文字を載せることで長い名前を省略するという、当時の人は誰もが知るルールがあった。

それが「愛染明王」である。兼続の主君筋でもある上杉謙信が毘沙門天の「毘」の字を御旗に使っていたのと同じだ。

明王とは仏教界において、戦うことを目的とした珍しい神様たち。中でも愛染明王は種々の武器を手に、怒りと暴力で悪の限りを尽くし、世の人々をあの世に送る神であった。全然、平和な愛ではない。

 

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えっ!? 胴上げのルーツって越後なの?

そんなことをいうと、さぞかし上杉家全体が恐ろしいことになっていたかと思われるかもしれないので、一つホッとするエピソードもご紹介しておこう。
直江が仕えていた上杉景勝の父・長尾政景だ。この武将、なんと「胴上げ」の発明者と言われている。戦国と何の関連があるのかと思われるだろうが、まぁ、聞いてもらいたい。

政景は、米で有名な魚沼郡(新潟県)の城を治めていた。この地域には外から来た婿(むこ)を村中あげて、いじめ抜くというとんでもない風習があった。
それに心を痛めた政景は、「こんなことをやっていると、この地域にはまともな男が来なくなって、いつか衰退するぞ」と考え、今度はお婿さんを「胴上げ」で歓迎するように命じたのである。

よりによって胴上げとは…。そもそもイジメ抜くという風習が意味わからんのだが、一見フザけた政策でも、実際に担ぎ上げられて悪い気がしないのも事実であろう。

今も魚沼で日本一の米が作られているのは、胴上げのお陰かもしれない。

 

川和二十六・記

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TOP画像は直江兼続/wikipediaより引用

 

 

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