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週刊武春 災害・事故

死者1万人 江戸時代に長野県を襲った【M7.4善光寺地震】 M6.8の長野北部地震で危険を再認識

更新日:

 

地震の恐怖は津波だけじゃない

2014年11月22日午後10時8分ごろ、長野県北部でマグニチュード6.8の大きな地震が発生した。

三連休の初日に長野北部を襲ったM6.8の地震/気象庁HPより引用

三連休の初日に長野北部を襲ったM6.8の地震/気象庁HPより引用

最大震度は、長野市や小谷村で6弱を観測。

各紙によると全壊家屋は翌朝8時の時点で7棟に達しており、すでに50人以上のケガが確認されいるという。

さらにはその後、余震と思われる揺れが午前8時11分までに36回も発生しており地元の人々の恐怖は募る一方であろう。

余震と思われる地震がひっきりなしに続いている/気象庁HPより引用

余震と思われる地震がひっきりなしに続いている/気象庁HPより引用

 

一般的に、長野県は内陸部にあり、東日本大震災や南海トラフ巨大地震のように津波を伴った大災害はイメージしにくい。

しかし、歴史的に見れば、この地方も決して安泰の地ではなく、それどころか江戸時代には一大観光エリアを巨大地震が襲い、7000~8000人いたと言われる観光客を含め、約1万人が一晩で亡くなったという恐怖映画のような過去がある。

それが善光寺地震だ。

 

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7年に一度公開される秘仏「前立本尊様」を見るために・・・

善光寺とは長野県長野市にある無宗派の寺院である。

644年創建という歴史があり、日本で仏教の宗派が別れる前から存在していたため、宗派の区別なく運営されており、現在は天台宗や浄土宗が入っている。

善光寺地震1

長野県の善光寺/内閣府善光寺地震報告書より引用

 

そして善光寺には、7年に一度ご開帳される秘仏「前立本尊様」があり、江戸時代には伊勢神宮と並んで庶民憧れの観光スポットであった。

一説には、この秘仏公開の期間中に当時で約20万人もの人が訪れたというのだから、いかに人気のスポットであったかご理解できるだろう。

そして、そんな祭りで沸き立つ真っ最中に悲劇は起きたのだった。

 

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土地勘のない観光客は軒並み大火に呑まれて

1847年5月8日。

その日、善光寺には7000~8000人の観光客が現れ、門前町の宿場や土産屋、飲食店は大いに湧いていた。

江戸を旅立って東海道を歩き、伊勢神宮を参拝してから信州・善光寺を巡って中山道で江戸へ戻る――。当時の旅は、それが黄金のルートだったらしく、旅人たちの気分は最高潮であっただろう。

そして夜10時。M7.4の大地震が突如、信州を襲った。

善光寺の門前町や店舗の多くは揺れで倒され、さらには大火事が発生。土地勘がない観光客にとっては逃げ場のない火事の迷路であり、多くが大火に巻き込まれて亡くなられたという。

当時、その様子を記していた、とある農民の日記によると、余震は翌日まで昼夜くまなく続き、まるで船に乗っている心地であったそうで、行き交う人々の表情はみな生気を失っていた。

近所の宿泊者1400人は数十人を残して皆死んだ、とも記されており、実際、このときの大地震で観光客8000人は実に9割が亡くなられたとも伝えられている。

寺の境内は死体で埋まり、野犬などが跋扈する、まさに地獄絵図であった。

善光寺地震2

善光寺周辺の地震災害図/内閣府善光寺地震報告書より引用

 

真田幸村(の兄・信之)の子孫たちが大活躍

被害は、善光寺周辺の観光スポットにとどまらなかった。

約6万ヶ所で山崩れや地すべりが起き、特に犀川付近で起きた山崩れが原因となって発生した津波のような濁流は、隣の新潟県(越後国)まで流れだしたという。

かように悲惨な大地震ではあったが、何も絶望的な話ばかりではない。地震後、被災地の立ち直りに奔走した松代藩が素晴らしい対応を見せたのだ。

松代藩とは、戦国ファンには絶大なる人気を誇る真田幸村の兄・信之の子孫たちである。

当時の藩主・真田幸貫は自ら足を運んで被災地を見て周り、幕府から借りた1万両(無利息)で、田畑を失った農民たちを治水事業に起用。さらには善光寺の修復へも進めた。

蛇足であるが、当時の秘仏開帳というのは江戸庶民にとっての大きな娯楽で、確実にカネが集まるため次々に資金が集まったため、善光寺の立て直しは想像よりも早く進んだという。

また、松代藩は当時の被災状況を記してこれを公開した。当時の絵図は内閣府のホームページからも見ることができるが、こうした祖先の知恵・愛情をいかに活用するか。

それは我々の心がけ次第だということを、我々はいつもコトが起きてから気付いてしまうのである。

 

当サイトには、過去、日本で起きた大地震をまとめた記事が掲載されている。よろしければコチラ【 日本が想像以上の地震大国でマジ怖い M6.1以上の地震歴史まとめ】からアクセスしていただき、地震歴史の確認の一助となれば幸いである。

 

善光寺地震3

災害地図/内閣府善光寺地震報告書より引用

 

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参考:内閣府 ハザードラボ

 

 




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